3月書評





3月 





 
 
「結婚なんてしたくない」 黒田研二 幻冬舎 ( 2005/11/10・1500円) 0000(4,7)

 シングルライフを貫く五名の男たちがめぐる、女性との逸話。それを軽いタッチで綴った結婚系小説。
 しかし、それは表層であった。そう、黒田研二氏はやはり全身全霊でトリックに向き合う男。その証拠に、本書では壮大な叙述トリックに挑戦されている!

 頁をめくり、いつもの黒田節(モテナイ男が、ひたすらアイドルや可愛い女の子を追いかけ、それを普段調の口調で綴る文体)だなぁ、しかも今回はトリックを除外し、恋愛だけで一冊書いたのかと思い込んでいたが、ある箇所に来て、これは何かある!と予見した!

 勇み足はこの辺で。
 まず、本書の特徴として、パートが五つに分かれている。

 ナンパ野郎の佐古翔。
 アニメ命《リアルな女性よりアニメ世界の萌えドル命》の藤江克実。
 同性愛者の蒲生要。
 パラサイトシングルの真鍋聡士。
 結婚に踏み切れない相馬浩文。

 このバラバラの人物達の視点で《各パートごとに》物語は進み……実は最後に『!』

 というオチ。
 しかし、ラストのサプライズは結構、高い。
 何故なら、単に五名に接点があったという終わり方には止まらず、ある《上記以外の》一人の人物の方にこそ、五名《そして読者》を騙すために仕掛けられた謎が存在していたからだ。≪ある種の「エックス面相」?≫

 ある時期から「館もの」等はコード化して、その限定内の謎解きという制約の中で、類似パターンが多く刊行。勿論、各作品には一点の創意工夫が存在し、読後感も悪くない。
 しかし、黒田研二氏は、そのコードを迂回。
 物語に登場する人物の方に、そのコードをシフト。結果。接点なき五名にまつわるある箇所に、全てを繋ぐ赤い線を持たせた?
 まさに本格スピリットを持つ者にしかやれない野心技ではないだろうか!?

 しかし、難なのは、トリックのこのクオリティに対して文章面が平明で、軽すぎること。
 まったく雰囲気も匂いも漂ってこない《若者の》日常会話系の文体で綴られているせいか、読者を吸引するために必要なソースがやや足りず、決して魅力的な文体とはお世辞にも言えない。(せめて、もう一つ別の口調。人格漂う人の口調。テイストがあればこの問題、回避できるような気もするが。例えば、重厚な老人や、優しく穏やかな老婆。若者系の言葉遣いをしない誠実な青年や、雷親父等)
 そのために、肝心のトリックの印象も、(一般読者によっては)セットとして見た場合、評価が出るかは難しい……そんな危惧感は無いとは言えない。
 しかし私は、この表層の明るさ。結婚と言う日常モチーフを前面に出すことによって、結末に到った時「おいおい、これは叙述ミステリだったのか?」と驚かせる意図。
 それも作者にはあったのではと(本格ミステリの意外な魅せ方の一つであると)勘繰りたい。
 黒田研二氏の趣味趣向の結実。

 特に叙述トリック面に関すると、文句無き力作の花を咲かせたと思われる一冊!(2006/2)


 
 
 
「九杯目には早すぎる」 蒼井上鷹 双葉ノベルス (2005/12/8・840円) 0000(4,75)

 2004年度。第26回小説推理新人賞受賞作家のデビュー短編集。酒をテーマにした短編九品を収録。

 文体はあっさりとまったりと、そして、ゆったりとしていて、帯にもある「小市民」というキーワードを彷彿させる危険な香りとは無煙な安全運転系。
 シナリオのように箱を並べ、意外なオチを提示する、まさに構成トリックもの。
 しかし、人間同士の組み合わせ方、人同士の接点の有無を操作するテクニックは、まっこと美味い。

 密室、足跡。それら本格系の味は薄いが(アリバイ系は存在)、この作者が最も力を入れているのが「どんでん返し!」

 そう、構成において、箱の並べ方を、急カーブを曲がるかのような勢いでラストにて覆し、意外なオチって奴を見せてくれる。
 半面、物理トリックに関すると、作中に突出したものは見られないが、「ラストの意外性」「人間関係」「裏返しの論理」これらに腕が見られ、かつそこの箇所を作品として提供するところに、作者の作家的特徴があると私は読んだ。

 ただし、気になった点もある。
 それは、替え玉ネタが多いこと!
 まぁ、こうも何度も替え玉ばかりを登場させていると、作者の(ミステリ執筆時の)「引き出し」を疑いそうになるので、ここは作者のアキレス腱かもしれない?
 
 ただし、どの手にも、ある一点の工夫があり、ラストを迎えた時に替え玉の犯罪という短絡的なオチにて物語を閉じるわけではなく、別の味で閉じるという実は替え玉は捨てネタ。
 総じて、物語を盛り上げるための装飾という位置づけとして扱われることが多いので、そこは、まだ救いかもしれない?

 作品として秀逸なのは受賞作の「キリング・タイム」で、が難点もある。
 それは、主人公が恋した相手に、やや肩透かしを受けた点。それを除けば完成度は高い!
 構成だけに焦点を絞ると日本推理作家協会賞・短編部門の候補作となった「大松鮨の奇妙な客」は、非常に高いどんでん返しの妙を受けた、なかなか。
 しかし、キャラクターに特色がない(顔の見えない一サラリーマンが主役ゆえ)点は、作家としてまだまだ強化すべき課題ではないだろうか?
 今後、作家的個性を、執筆時にどう出していくか!
 どう読者を掴んでいくか?

 果たして、他の作家と、テイストにおける違いはあるのか?
 と問われると、この作家の持ち味、特徴は余り見られないので(構成力はあるものの構成だけなら、他の本格ミステリ作家と比べてそこまで違いはないかもしれない。特徴が)、今後、そこが課題になるのではと、問題提起しておきたい蒼井上鷹氏のデビュー短編集。

 ブラック・ユーモアで味付けられた意外なオチを見せるスタンスのストーリー・テーラーの作品集。

 果たして作者は、十杯目を書き、かつ話題作、いや良作を発表することができるか?
 九杯目で、ダウン。
 (期待したいだけに)そうならないことを祈りたい!(2006/2)


 
 
 
「火目の巫女」 杉井光 電撃文庫 (2006/2/2・590円) 0000(4,55)

 第12回電撃小説大賞銀賞受賞作。もし装丁とこのタイトル名を伏せ、本棚の歴史小説欄に本書が並んでいても(萌え狙いなり会話なり妖獣ネタなりを除けば)おかしくない作品だ。
 そうライト・ノベルスの境界を脱そうとする勢い、クオリティを持つ「脱ラノベ」!
 私にはカウンター・カルチャーとして、この手へと落ちてきた。

 架空国の帝は、化生(この国の化け物)に苦悩していた。
 そこで「火督寮」正護役を設置。五角形のあざを持つ化生と破魔の火矢で戦う能力のある「火目」という巫女を「火護衆」(消防団)に探させて、見つけると、内裏の東端にある「火垂苑」という男子禁制の御殿に入れて「観明かし」という名を与えることで修行をさせていた(弓場殿は隣接)。
 だが、火目となればその娘を出した家なり、紹介者である貴族は出世できるため、今や出世道具に扱われている面もある……しかし、三人の「観明かし」たちは、火目を夢見て今日も弓の修行を続ける。さて、交替の時には「燻浄の儀」を行い、「賜火の儀」を行ない、紫辰殿に住む帝から神弓、火渡しを与えられる。
 しかし、「火目の巫女」になる修行は果てしなく、そして、化生は内裏へと近付いていた!?

 本書を読書中、まず設定のクオリティ。その高さに愕然とした。
 これがラノベか?
 そう、本書は歴史的知識なくして書けない代物である時点で、投稿者たちに差を付けたのかもしれない。事実昨今の電撃文庫は人気があり、今回の投稿者も(長編短篇の)合計三千二十二作品。この高倍率の中で「銀賞」を受賞された裏づけとして、この設定の高度さ。
 これは挙げられるだろう。

 そして、巫女の伊月のキャラも悪くない。ネーミング、造詣。いい味を持っている。
 総じてキャラは悪くない。
 と、後書きによると本書には原案者がいるらしい。その原案者である
京路氏のブログを観ていたところ、盲目の巫女「佳乃」は、京路氏の脳内想い人「ほのか」様ゆえ、名を変えてもらったと。
 しかし、京路氏の設定。これがいい事に気付いた。
 となると、作者の
杉井光氏は文章力があると言えるかもしれない。

 確かに文章がいい。時折表れる光る描写力。私は彼に文学性を感じた。

 そして設定の京路氏。人生において彼が温めていた、自分のワールド。その温もりを、このお話から感じたのだ!?
 つまり、そこまで薄っぺらくないのだ。このよく作り込まれた設定には、やはり京路氏の両手で温め、育ててきた年月があるのではないだろうか?その硬質な設定、キャラに温度を感じたので、単にラノベと位置づけすることは私にはできない。

 奉射。内裏。巽宮。官位。神祇官。火督寮。天文省。正護役。玉砂利と真砂を敷き詰めた庭。御明かし。燻浄の儀。賜火の儀。

 こういう専門用語(+造語)を作中に無理なく設定しておき、さらに上手く活用する知識量。
 それらが、読み応えの度合いを底上げしていたことは、言うまでもないことだ。
 安っぽいファンタジーではない、硬派な歴史の薀蓄を作中にて投影。
 さらに、構成面も引き締まった作品として、ここに結晶した。

 ラストに出現するある物は、S・ジブリ作のお約束の踏襲としか思えないが、お約束として認識すればさほど気にならず、最後まで読書欲を萎えさせる事なく筋運びを成した事は、間違いなく作者の手柄だろう!

 しかし、美しいフォルムを持つ作品だった。

 展開にも魅力があり、本書からは活字以上の光りを感じた。(内裏にいる数名の人物たちに叙述トリックを仕掛けていた点も見逃せない!)

 今後、杉井氏&京路氏のコンビ作を(コンビではないだけに)私は要求したい。

 何故ならば、今後過去ストックが切れて、新ネタで勝負した際、それまでのように、時間をかけて温めた独創的かつ力ある設定にはお目にかかれないと未来予想してしまうから。

 そう本書は文章だけでも、設定だけでも駄目なのだ。
 このバランスがいい。のだから!(結末は、ハッピー・エンドじゃないけどね)(2006/2)


 
 
 
「レタスフライ」 森博嗣 講談社ノベルス (2006/1/11・880円) 0000(4,25)

 2006年刊行。短編4編。ショートショート5編を収録した短編集。

 「ラジオの似合う夜」は、架空国の美術館の壁に空いた穴を巡る論理小説。しかし本書で森博嗣氏は、戦争、そして政治を語った?という目新しい境界へと突入。
 あくまでも文体及び世界観の基軸にはPOP感が据えられている。それは否定できないものの、(911テロにも通ずるような)海外の力の均衡。戦争を隠れ主題にしている点は、森博嗣作品の中でも異色な位置にあると言える作品。(印象的なラストでした)
 「檻とプリズム」は、檻に住む僕の苦悩談。しかし、幼児殺害事件の意外な犯人と、その動機には高いサプライズが存在。単に異常な動機ながら、サイコ・ミステリとして、この動機は、読む者に何かを投げかけるものが!?
 「証明可能な煙突掃除人」は、架空の町の煙突掃除人の話。
 掃除人が掃除中に地震が発生。さて、彼の命運は!?
 その謎に対して、構造におけるオチが用意されていて、このロジカルさ、やはり森博嗣らしい作風!

 「皇帝の夢」は感覚、幻想的すぎて、観念の物語という感じ。
 「私を失望させて」は、鬼退治は、たまたま海水浴中に鬼がいたと、勝手に桃太郎にジョーク系新説をこじつける変な物語。
 「潤おしき黒髪に種を」は論理性を宿す本格ミステリ。種と髪の毛とゴーカート事故という三つの伏線を上手く収束したサプライズあるロジックは、上手い!

 「コシジ君のこと」は、夢オチという点がイマヒトツ……。
 「砂の街」は、安部公房のオマージュ?幻想的なオチがイマイチ……。雰囲気はイイ!
 「刀之津診療所の怪」は、孤島の落ち武者伝説と思わせる謎が、実は科学的、論理的に説明できるという筋において、ロジカルなミステリとして認知!
 見どころは、謎の病気になった少年のその病気の裏側の論理。
 それが怨霊の仕業とされるが、西之園萌絵が島の医師に問答。医師が謎を説明する。

 さてこの医師。私には推理が届かなかったものの、サイト「ミステリ不全症候群」の祐樹一依さんによると、「医師の正体は小鳥遊練無?」で島に来る背の高い黒い服の人は「香具山紫子?」の可能性が高いらしい。
 となると、やはり森博嗣ワールドは、自身内キャラクターの自伝を時期を変えて作品化しているという特徴が明確に存在すると考えられるのではないだろうか?
 POPと奇想をスマートかつスタイリッシュな文体で融合した森博嗣さんの短編集。
 マンネンリズムに陥ることなく、フレッシュな新刊本として、ここに刊行!(ポッポー!≪汽笛≫)(2006/2)


 
 
 
「お留守バンシー」 小河正岳 電撃文庫 (2006/2/2・536円) 0000

 十九世紀の東欧。その片田舎の城に住む城主ブラド卿は法王からの討伐者(クルセイダー)訪問の噂を聞きつけ、蝙蝠となって(どこかへと)疎開した!
 そのお留守番を任された少女(の姿)バンシー(死者が出る時に泣く事で周囲に死期を知らせる妖精)は、掃除洗濯等、自慢の家事をこれまで通りこなしていく!
 そして、討伐者は姿を見せたが、首無し騎士デュラハン。ガーゴイル。庭師のフンデルボッチ。セルマーニ(魔除け石像)イルザリアが睡眠中。淫魔(サキュバス)イルザリア等と力を合わせて立ち向かう!
 第12回電撃小説大賞受賞作品!

 ファンタジーに相応しいリーダビリティ高く、陽気かつ快活な印象(媚薬?)を読者へと与える文体。
 時折見せる古典(文学)的表現、修辞も冴えており、さらに言葉の使い方が適切な点が好印象として私には映った。
 つまり作者はファンタジーしか書けぬ書き手ではなく、大人の物語も描ける。しかし、作者は好きなのだろう、この世界観が!
 ファンタジーでしか描けないこの空想のメルヘン世界が!
 さて、いくつかの特徴を挙げてみたい。
 実在するバンシーという女精を用いたのは悪くないし、外れた首を手に担ぐ騎士というキャラ。奇妙な庭師。キャラ設定は面白い部類に入るのではないだろうか?

 そして、テクニックとしては、討伐者の仕掛けた策略に捻りがみられたと思う!(ある仕掛けで何かを遠ざけ、別を狙う?)  そして、登場するまでは明かされぬ討伐者にある謎が秘められている点は、技術力を感じた。

 その謎は、年齢の謎と、討伐の動機の二点なるも、こういう隠し絵を伏線にて表現するのは、まさしく腕。
 そこは物語の構成技術家として、評価できる点だろう。
 そして、この作品で目を引くのが小道具の数々。
 特に「驚愕の箱」(ミミック)という設定は面白く、設定面は、緻密に作られている印象。

 ストーリー展開も悪くないし、構成面も瑕は少ない。
 そして、読後感がよろしいのだ。
 それは、何故討伐に来たのか。その動機に関わるので、余り詳しくは述べられないが、この本を読み終えて、気分を害す方はいないだろう。後口のよい食事を終えた時の爽快感にも似た感銘が、すーっと喉の奥を満たしてくれる。

 さて、触れたくはないが。どうだろうと思う点もある。
 それは、城主の薄情さ。果たして、召使のバンシーを残して一人疎開などするだろうか?
 召使を護ってこそ、城主だと思うが。それに、バンシーも当然のように引き受け、平常どおり生活する点も、緊迫さの無さ。リアリティの無さを私は感じて仕方がなかった。
 さらに、討伐者の動機に非論理的な面もある点も気になるところ(この枠内、ネタバレ注意=Xを遠ざける=遠ざける必要もない=何故なら、Xよりも自分の方が強い=その後、遠ざけた後の真の目的を遂行するもの、そんな手の込んだ策を弄す必要もなく、城主がいようとも勝てるのだから遠ざける必要性などないのでは?=叙述トリックを仕掛けたにしては、そのトリックの詰めが甘かった?)

 そして、決戦が城の中だけという点も(バランス的に)空間の扱い方が狭く、(空間)スケールが小さい。

 そして、決戦中。下に寝ている魔女が寝たまま起きてこないのもやや破たん!(城門を破壊されて起きないのは無理ありすぎ!回避する方法として、魔女は不眠症なので、睡眠薬を飲んでいたから起きれなかったとすべきでは?それでも、睡眠薬程度で寝続けるか、決戦のさなかにと疑問を抱く読者もいるはず)
 そう考えると、やや破綻箇所が存在する。

 しかし、「銀賞」に止まった「火目の巫女」にはそういう箇所は見られず、さらにクオリティも高く斬新。専門的で構成もストーリーもグーだった。
 ゆえに私の評価は「火目の巫女」の方が一ランク上の出来と、私的判定を下したい。
 事実。「お留守バンシー」は従来のファンタジー臭が濃く、世界観。文体もファンタジーの王道路線で、新鮮味に関すると、やや物足りない。(文章は上手いが!)

 そして、大局的にみると「魔女狩り」小説と見れる点も、戦う動機に新味が一匙足りない感。

 しかし、「火目の巫女」は非常に新しさを感じたし、文学性。専門性、そして読ませる力など、とにかく魅力満載だったのだ。

 モチ、単独で読むと「お留守バンシー」には充分、オリジナリティはある。
 輪郭は王道ファンタジーでも、細部に創意工夫が見られ、個性的な仕上がりとなっていることは、述べておかねばならない。(あくまでも「火目の巫女」と比較しなければ)

 しかし、読後感。ラストの見せ方は、この作品は「火目の巫女」を引き離していると言っていいだろう。
 そう、それぐらい後味がよいのだ!
 私は、城、妖精と、殺し屋が戦う、しかもリアリティ薄き妖怪と狩人の戦う魔女狩り小説を書く予定はないが(最大の要因は、その設定では萌えられないから)。

 ファンタジスト魂を持つ、ファンタジーが好きで好きで仕方の無いことが伝わってくる作者の思い。それは強く伝わった。
 そして同時にこの作品が面白いと感じた。
 そう、それでいいのだ。ジャンルだけで本書を読書の外へ投げるより、まぁ、一度ページを開いてみることをパソコンの前に腰掛けているあなたに私は伝えたい。
 これが06年度のファンタジー。(S・ジブリの世界とも重なる作風)
 (変わらない)ファンタジーの王道スタイルを貫き受賞に到った一作がココにある!(2006/2)


 
 
 
「わたしの京都」 渡辺淳一 講談社文庫 (1992/8/15・470円) 0000(4,3)

 北国に生まれ、四季に恵まれた京都に憧れた筆者が京都への想いを綴る町恋エッセー。
 そう、筆者の恋人は京都であるのだ?
 様様な角度から北海道と京都を比較していき、京都の華と闇を精緻な筆遣いにて綴る温もりのあるエッセー集。

 まず「雪と桜」という対比から初め。「南向性と異文化」等。
 世界観の違いを文学色濃く綴っていく。
 文章がお上手なせいか、読み手の構え、姿勢にも影響を与えてくれ、筆者の美学に、いつしか酔いしれさせられていたという、渡辺マジックが存在。
 しかし、京都という題材でここまで書けるとは、頭が下がりまする。

 故郷を「季語のない国」と言い切り。季語の豊富な京の四季を綴る言の葉。

 その一葉、一葉が、毅然としつつ、気品を宿し、芸妓の性を語っても、どこか文学性さえも感じさせる文才には、着物でも着て正座したくなる心境にさせてくれるのだから、格調のあるエッセー集だと、抹茶を一杯。
 さすが、かって谷崎の後継者と呼ばれ「新耽美派文学」と形容させられただけの器だと、私は(ほぼ未読の)渡辺淳一という作家を見る目が変わった。
 美しく響く語感。
 色で例えるとグレイ・トーンの文体。(しかし主張だけは明確だ)
 まさに、命令形のほぼない「でやす」「そうどすえ」など、味わい深き京ことばを喚起させられるような語調。文体で書かれたエッセー集。
 渡辺淳一の美学がここにある!(2006/2)


 
 



 
 



 
 



 
 



 
 



 
 



 
 
2月書評





2月 



 
 



 
 
 
「面影」 前田朋子 彩図社 (2004/12・588円)

 探偵には、秋の七草を楽しむぐらいの余裕があってもいいかもしれない。
 前田朋子ミステリーを手にすると何故だかそんな気にさせられる。
 シャーロック・ホームズに代表される、あくまでも素顔を見せないクール&ガイ!
 それらに見られる、ある種の「探偵の法則」と言ってもおかしくはない定石に対し、前田ミステリの登場人物たちは、どこか親しみを持てて、滑稽。
 笑顔の似合う、愛すべき登場人物たちと言えるだろう!
 そう、ニヒルな眼差しを向けながら、安楽椅子から一歩も立ち上がろうとはしない探偵に欠けている花鳥諷詠を素直に愛でる心のゆとり。そんな素直な感性が、彼女の作品の根底にはいつも流れていると思う。

 それは、作者の根に、推理小説の産湯と、日本文学の産湯。
 二つの産湯に浸かって育った過程があるから?
 いや、私の推理はきっと当たっているに違いない。何故ならば、前田朋子の作風には、常に風流な面影が漂っているからだ。

 ここで前田朋子の推理作家の軌跡を辿ってみよう。
 「小説推理新人賞」最終選考。「神戸女流文学賞」最終選考。
「まんが&ムービーオリジナルストーリー募集」では国際審査まで通過。
 そして、女流ミステリ作家となるきっかけとなった、ある雑誌への投稿が大きな分岐点だったように私には思われる!
 それは(株)「彩図社」の刊行する「ぶんりき」誌。その投稿と同時に、早速彼女は頭角を出した! まず、初投稿である第4回から第8回までの各月賞を連続して受賞。さらには「総合大賞」にも輝き、その功績が認められた結果「彩図社」から「美しき隣人」を刊行。
「彩図社」専属の(それも人気)作家の階段を上り始めた!

 ああ、そろそろ本題に入らねばならない。
 そう、本人気シリーズ「妖怪探偵犬姫」の話題に!
 時は鎌倉時代末期。天台密教の山伏・安倍俊明は、平家の落ち武者の娘である犬姫と出会った。
 人面魚を食したことで、妖怪八百比丘尼となった犬姫は、背を向けた隙に俊明へと襲い掛かるが、反対に念にて封じられ、八百年間の仏罰を受けることに。
 その仏罰とは、八百年間は人の姿に戻れぬという罰。その七百八十年後、現代に生きる高校生安倍俊明の前に犬姫は姿を見せて、お供になることを誓う。
 それが二千年に刊行された「妖怪探偵犬姫」シリーズ第一弾だ。

 犬姫は、俊明へと忠誠を尽くし、浄念寺の住職である明恵和尚と共に、現代に起こる不可能犯罪の謎解きへと挑戦する歴史ミステリと、本格ミステリの融合した、娯楽作品に仕上がっている!

 そう、前田朋子の新境地であり、まさしく作家として己が取り組むべきテーマを見つけた瞬間である!
 その犬姫シリーズは本作で計五作目。

 その人気は主に十代から三十代までの若い女性が支えていると言う(あなたのことですよ、貴女!)。
 何故、女性ファンが多いのだろう?

 それはどうも犬姫という動物系キャラクターの魅力ではないだろうか。
 確かに世の男たちの大半は、おしゃべりをする犬というキャラに対して、なかなかリアリティを見出せにくいという印象を持ってしまう。ところが、ペット・ブームを背景に、幼少期からお人形遊びに興じられた女性たちは、犬のぬいぐるみの延長という思考回路?にて、犬姫を素直に受け入れる感性を持っていると私は(勝手に)分析することにした。
 しかし、さすがに私も「犬がしゃべる?」と、抵抗を感じた一人ではあったのだが、読み始めて、それは幻想だと気付いた。

 そう、これがまぁ、面白い話なのだ。
 そこの男性諸君、立ち止まって読んでみてください!
 この犬姫シリーズの本質。
 それは、キャラクター小説でありながら、ストーリー展開が面白く、それでいて、なかなか硬派な本格ミステリとして仕上がっている。
 それを私が保証したい!
 その一粒で二度も、三度も美味しいミステリ。それが前田朋子ミステリだと。
 とにかく小説が上手い方。

 ここで本作のストーリーをちょこっとだけ紹介しておこう。
 タウン誌「リベラル和歌山」に勤務する夫と、一人娘の香澄と三人で暮らす佐々木洋子は、自宅への投石や悪戯電話に悩まされている主婦。
とある日、和歌山城内動物園で、娘の香澄とはぐれた際、妖怪探偵犬姫、安倍俊明、和尚と出会う。そう、彼等が娘を発見。同時に保護してくれたのだ。それが縁で、自分の悩みを三人に聞いてもらう洋子。最近どうも、隣人の様子がおかしいのだと。もしや、私の娘を誘拐しようと企んでいる?
 その矢先、その隣人の美津子宅に何者かが忍び込んだ!?
 物語は意外な方向へ進み、サスペンスは二転、三転する。

 「なかなか面白い!」
 読了後、私は満腹感でいっぱいのミステリ胃(?)を撫ぜた。
 まず、ストーリーの練り具合が何とも上手い。
 そして、二つの論理に深みがあり、技巧的に見ても優れている。二つの論理とは、推理小説におけるロジック。
 そう、事象に隠された陰部である。
 まず一つ目の「ゴミ袋」に隠された論理。そして(メイン・ロジックである)「薬瓶」に隠された論理。この二つの背後にあるものにはきっと、サプライズがあるはず。

 これは、E・クィーン時代から続く推理小説の命題を意識。結果、土台の上に成り立つ純粋ミステリを書こうという意思の表れであり、今後、硬派な本格ミステリ・ファンをも獲得する布石となるかもしれない!
 そして、小道具の扱い方が何ともお上手。作中に登場する小道具のチェックは、どうか皆さん、怠らないように!
 さらに、動機の意外性と、タイトルの仕掛けの絡め方が何とも上手い!
 このタイトル。
 前作「あなたがいたから」と同じく二重構造となっていることも見逃せない。

 さらに、作中のメイン・トリックが、何とも斬新でいて、推理作家として、新たな手法に挑戦されている!
 もちろんそれはメディカルな視点から見ると、ニュー・サプライズではないかもしれない。しかし、推理小説において、ニュー・サプライズだと私は感じた。

 ここでも推理作家前田朋子は、古典から受け継ぐ推理小説の命題に対し、新たなトリックへと挑戦。個性を放ったのだ!
 ロジックとトリック。二つの命題を上手くこなした力作!
 それが本作「面影」に違いない。推理小説では、ロジックとトリックを濃く宿しているジャンルを要約してパズル(本格ミステリ)と呼ぶことがあるが、そのパズル性と、ドラマ性の抜群にマッチした作品と呼んで、まず間違いないだろう!

 そして「ダニット」という狭義の分類分けにおいて本作は「ホワイ・ダニット」「ハウ・ダニット」に位置する作品であることも付け加えておこう。そう、WHY(動機)と、HOW(いかにして、犯行は行なわれたか)を主眼としたミステリであることを!
 笑いあり、涙ある人情舞台の大団円。ラストを迎えると同時に、どこか人の心を揺さぶる前田節。
 回を増すごとに犬姫の心理描写は減っていくという印象を受けるものの、今回も忘れちゃいないよ、浪花節!
 さぁ、皆さん、犯人が最後に放つ台詞を前にしたならば、用意してください、ある必需品を。そう、犯人の独白シーン直前に、それを片手に握りましょう。
 そうです、その時こそが、ハンカチを握り締める時間です!(2004/12)

(薫葉豊輝。初解説作品)


 
 
 
「熊野に来た女」 前田朋子 彩図社 (2005/12/15・588円)

 作家「富沢芳雄」は、熊野に来た女「静香」が凶悪な男に追われていることを憐れみ、自宅離れに泊めてやる慈悲をみせた。
 消費者金融を襲い、従業員を殺害して逃走中の強盗殺人犯と推定される凶悪な男。
 静香の携帯に残るその男から届いたらしきメール文。
 殺人犯の魔の手は刻一刻と迫ってくる!?
 しかし、事件は思わぬ方向へと転がっていくのであった!?

 前田朋子ミステリ文庫第二弾。
 シリーズ外作品である短編二編を収録したどんでん返しのシャープに決まった現代ミステリ小説!

 前田ミステリーにはお約束がある。登場人物は一見、優しそうではあるものの、その底には表層とは逆の心理が渦巻いている。
 主には、怒りや憎しみが動機の根源として存在。
 そして、それが殺意へとチェンジする心理変化。それがラストのどんでん返しと決まった瞬間。読者は、コイツが犯人だったのか?と面食らってしまう(はず)。
 今回の犯人も意外だった。しかし、意外ゆえに、その人物に感情が入らない。
 それまでに確信していた怪しい人物をマークし、さらにその動機にも同情していた自分の気分は急降下。
 しかし、最後のシーンで、それが覆されてしまった。

 何故か。 

 名台詞が存在していたから!
 その台詞は、素晴らしく作品とマッチしており、本書のテーマを浮き立たせ、かつ真犯人の動機、存在を説得させるに足る力が在ったので!
 そう、物語の幕を閉じる効果を大きく発揮した名台詞。
 少なくとも私にはそう思えた!(やられた!)

 普通、意外な犯人を見せられた場合、どうも、この人物が真犯人であったら、盛り上がりに欠けるかもしれない……そう肩透かしを喰らってしまうところを、逆に盛り返す前田さんの装飾技!
 本書はその台詞まで読むことを私はオススメしたい!
 
 さらに、白骨死体の医学的な論理も挿入。
 数箇所に張られた、伏線もバッチリ決まっている点は、まさしく(本格の臭いのする)ミステリーだ!

 世の中には、輪郭が本格で、中身がサスペンスという作品が多いが、本書は輪郭がサスペンスで、中身は、構造と、伏線、ロジック面が本格ミステリとして読者を納得させるに到るレベルの内容だった。

 携帯の電話からメールへと切り替わる日付に隠された論理。被害者とパソコンの位置に纏わる論理。虫の論理。凶器の匂わせ方。
 返り血(防ぎ)の論理。ある種、E・クィーンの問題視した「操り」の手法(後期クィーン問題=ゲーデルの不完全性定理とも接続される問題。一つ上の視点から探偵が他の人物を操る可能性、つまり探偵=真犯人である可能性も存在する事に大いに悩んだ末、探偵が真犯人の可能性もありうるという発見に到ったクィーンの問題)それを感じさせるような手法も導入。
 静香殺害犯に隠された意外な動機と、最後まで真犯人が誰かがわからないという、隠し方のめくらましテクニック。

 そう、推理作家の屋台骨を支えるテクニックを習得した者にしか許されないテクニック・ミステリをさり気なくも(構造的には美しく)披露された前田朋子ミステリの新作!

 もう一編「透明な水」も、伏線が水の結晶のように美しく配置されていた。

 焦点は、失踪した藤本絹江の愛人(殺害犯)は一体、誰なのか?

 その謎を、絹江の息子の口にした「その日に限り、製氷機の水が白ではなく透明だった」という言葉から解決へとたどり着く女教師坂井美沙子の明晰推理。
 いやはや、そのロジックには、サイエンス・フィクションとしての力を感じさせられた!

 あくまでも謎を論理的に解決へと導く推理の原理。
 あくまでもこの原理を忘れない、前田ミステリは、きっと推理小説好きな人達(主に女性)へと向けて書かれた作品群ではないだろうか?

 何故に、こうも推理小説の「推理」の部分にこだわるのかは、わからない。
 幼い時の記憶。魅力というトラウマがよい機能として結晶化させているのだろうか?

 あくまでも、ミステリー。
 そして、あくまでも人間ドラマ。

 推理クイズ好きな紳士淑女諸氏と、女流サスペンス好きな諸氏。
 その双方をも抱きこみ、半面、(分野的に)中間位置にいるせいか、双方のコアなファンは吸引されにくいかもしれないが、頁を最後までめくると、意外な本格性に気付いてしまうという、ロジックにて引っ掛け、構造にて納得させるというスタイリッシュな新作二編。
 ここに登場です!(2006/2)


 
 
 
「TOOL BOX」 森博嗣 日経BP社 (2005/10/13・1575円) 0000(4,5)

 工作系のエキスパート森博嗣の語る「道具」への愛着。それをフォト・エッセイ集としてまとめられた著書。(「日経パソコン」連載)
 道具。誰しもが、それを語れる口があるだろう。
 特に愛着のある道具なら。
 しかし、さすが工学博士。科学的裏付けに基づいた薀蓄が織り交ぜられているので、一つの道具を語る際の言葉の濃度が高い。そして、同時に作家としての想像力も交えて書かれたエッセーなのだから、その弁は、面白い。
 しかし、エンジンが好きで、工作が好き。自宅に旋盤をセットし、回されている生活は、やはり物造りの人だ。そう思った。
 そして、視点で勉強になったのは。
 回転論。
 森さん曰く「20世紀は回転の世紀だった。しかし、最近は回転する電気機器が減っている!リニアモーターは回転しないし、ジェット機にはプロペラは無い。
 パソコンもファンが無い機種も存在し、メモリのディスクも静止型が登場」
 頭の回転というが、人間の体はどこも回転していない。回ると捻れて血液が送れないからだろう。血管が切れてしまうからだ。と結んでいる。
 しかし、アナログ時計へ皆が回帰している時代。回転こそ、自然な方向性かもと、再び思考を始めている。
 特にこの箇所が私のアンテナにビビッド来た!

 そして、森さんの物作りのスタンスにも感銘。
「僕は自分を研究者や作家とは認識していない。常に技術者であろうと心がけている。それは物を作る時にのみ見えてくるものを知ってしまったからだ。もっと知りたいし、どこへ着けるかが楽しみ」
「良い道具は歩いて気持ちよい道と同じ、周囲の風景が全然違う」
「工作物を万力に固定しヤスリで一削りごとに手応えを感じつつ、繰り返す。 〜 手を前後に動かすワンストロークが最終結果に結びつく」
「技術は日の当たるところへは出てこない。水面下で動く小鳥の足のよう」
「技術者は繊細な指先を持っている。寡黙で頑固だ。うまくいかぬ時は設計がなっていないと呟く」
「道具は効率をUPするが、不可能を可能にするものではない。道具なくても物を作る気があれば道具は絶対条件ではない。妻は絵が好きだから、苦手だったMacを使いこなせるようになった。このように道具とは増幅器」
「工作には精度が必要。図面が必要。ドリルで穴を開ける時は一発勝負。穴の位置が一ミリ違えば、全体として無に帰す」
「庭園鉄道の建設で多くを学んだ。人として、個人としてこれからどう生きればよいか。確かにそれを学んだように思える。ほんの小さなものでも、何かを作り上げるプロセスは全てに通じる普遍的な真理がある」
「人間は、発想力と実行力において際立った生き物。初期の頃は機能的な合理性を目指して洗練される。気付くとだいたい同じ形態に落ち着く。これが第一段階。その次に色々なパターンに枝分かれする。形に現れぬ内部にさらに優れた効率を求める方向へ。既存のものを組み合わせて新しい価値と形でアピール。つまりは洗練が多様化。第二段階は第一段階で築いた技術の安定の上に成立する」
「人が物を作る最大のハードルは、それを作る決心をすることだ」

 昨今。写真と言葉で活躍されている森博嗣氏の新刊。
 森氏の三種の神器(三種類どころじゃないけれど)を覗き見したい方は、書店「も」の棚へ!(2006/2)


 
 
 
「重力ピエロ」 伊坂幸太郎 新潮社 (2003/4/20・1,575円) 0000(4,9)

 本話題作は何故話題作なのか?一体何だという動機から手に取り半分まで読んだ時点ではさほど高度な物を感じなかった。正直。モチ、デビュー作(第五回新潮ミステリー倶楽部賞受賞作「オーデュボンの祈り」)で魅せた首切りの論理。その(ミステリ的)センス・オブ・ワンダーには才能を感じていた私は、何かあると思い、ある地点で納得。
 そうか、暗号。しかもあるソース(医学関連)を扱った暗号。その頂点をやってみせたという事か。
 ある意味、島田荘司「占星術殺人事件」を「オーデュボンの祈り」とセットでやったのかと安堵。
 好評のポイントは、本書での暗号と、「オーデュボンの祈り」における異形の首切りのロジック。
 そう、伊坂幸太郎は、遅れてきた新本格推理の弟の一人なのだ。

 文体は、日常系。独り言により綴られた、硬質ではないライトな文体ながら、本格系には珍しく文学系。つまり心理描写を多用する作家なのだ。
 しかも、少年の口調だから、非常に生活感溢れていて、外観は私小説。中身は本格ミステリ。
 しかし、この暗号のクオリティは高いと思う。
 例え、ある分野内における暗号と言う境界。縛りはあるものの、暗号の二重性。多重性。
 ここまで高度な原理を活字化されるとは、読了を先延ばしにしていた私の読みは誤っていた!

 物語は、春という弟と兄貴の兄弟小説?ながら、レイプされた母親から産まれた(この設定、やや無理ありすぎ)春が苦悩の果てに、ある行動を取る。
 その行動。人間心理と暗号。ストーリーが有機的に結びついた結果。
 ある種、非常に幻覚的な気分にさせられる。(特に暗号の余韻はなかなか消えない)

 題材は、ウィリアム・L・デアンドリア作「ホッグ連続殺人事件」をお手本にしていると思われるが、本筋は違うし、暗号のクオリティをはじめ、「重力ピエロ」の(総合と言うよりはやはり暗号面の)完成度は巨塔の如く高い!
 初めて読まれた方は「直木賞候補にまでなった割には、何て文章が軽いんだ」そんな印象を受けられるかもしれない?(しかも、本格に不可欠な雰囲気。様式美も見られず、登場人物も皆、日常派。つまりキャラに癖が余り見られない。表層に関すると、いたってノーマル)
 しかし、暗号ミステリ。その角度。その切り口、その読み方から読めば、「何て、凄い暗号を考えたんだ!」と、本格ファンを納得させるに足る出来栄えを誇る第129回直木賞候補作品!
 しかし、久しぶりに知的興奮を誘ってくれた暗号ミステリと出会えたと思う。
 この一期一会へと乾杯!(2006/2)


 
 
 
「ナ・バ・テア」 森博嗣 中央文庫 (2005/11/25・648円) 0000(4,4)

 
「スカイ・クロラ」の続編。
 空を描くハードボイルド。そう定義づけたいほど、とことんまでに車を描いた大藪春彦並みに?戦闘機を描写しまくっている。
 ゆえに、航空描写を取ってしまうと、詩的な言葉(フレーズ)。それしか残らない?
 そんな危惧感と前衛さを持ち合わせた飛行気乗りの物語。
 しかし、森博嗣の特色であるどこかファンタジックなムード。戦闘機乗りの割には、柔らかい感触。そこに森テイストがよく出ており、本書も、シリーズ外作品だと言えども、やっぱり森博嗣カラーが存在しているのだ(当然だけど)。
 しかし、シリーズと一線を引く作者の挑戦心。それが全面に溢れており、他のどの森作品にもない味。空を飛ぶ男のココロ。
 それが描かれているのだから、シリーズしか読んでいない方には是非オススメしたい一機!
 詩人なみのフレーズの連打で、読者を酔わせておき、一気にフルスロットル。
 戦闘機(改良型の)「散香」は、大空へと舞い上がっていく!

 何故に、これほどまで飛行機へと愛着を持てるのか?
 メカ音痴、飛行機音痴なら、ふと立ち止まってしまう(それほどまでの飛行機描写の描き込み)作者の興味(フィールド)の広さ。
 しかも、(航空機への)愛。愛着をそのまま、思いのまま活字化されているせいか、本書はとっても甘酸っぱく、フルーティーな食感さえも感じさせてくれる。
 空へと飛び立ち、一気にフル加速。敵を撃ち落し、基地へと戻る。
 愛機「散香・マークA2」
 何処か起動戦士ガンダムを喚起させられる戦闘機たちは、戦闘と個人の生活。
 それを平行して、この世界で魅せ、時に戦いへと迷い、しかし、空を飛ぶ。
 その一念だけを信じて迷いを振り切り、主人公(僕)は出撃する。
 最後に。本書には、ミステリ的なコードも存在していた。
 それは主人公に隠されたある叙述。
 さて、一体「僕」には、どんな謎が隠されているのか?

 空を見ろ、翼が空の色を二つに割りながら、地平線の向こう側へと消えていく。(2006/2)


 
 
 
「森博嗣の浮遊研究室5 望郷編」 森博嗣  ダ・ヴィンチ・ブックス (2005/7/13・1470円)  0000(4、5)

 浮遊研究室メンバーである森助教授、車道栄助教授、御器所千種秘書、上前津伏見助手の計四名が、雑談調で世間のありとあらゆる常識を斬っていく、ソフト版(森博嗣の)ここが変だよ、世間さまをメッタ斬り!?
 そして本書も完結を迎えてしまった事は誠に残念。
 肩書きは「WEBダ・ヴィンチ」に三年半連載された共同雑談エッセイ集。
 今週の一言。諺。新商品(メインはエッセイ)という構成で毎回行われており、本書の新商品はユーモア系携帯電話というところは、「笑点」が入っているかも?(私も日記で以前、薫葉アイテムという企画を行いましたが、その意図は過去、机上ではありますが、発明アイデアを思案していた時の名残。なので、森さんのされていた新商品コーナーは、まさに自分もやろうと思っていたことだったので、驚き。そして、少し工夫して発表しようと、名前を「薫葉アイテム」とすることに。実はその後のネタもあるのですが、現在企画休止中であります)

 レビューへと戻り、遅刻ネタで宮本武蔵を語ると、「武蔵はわざと遅刻することで対戦相手を焦らせるという戦法を使いましたが、今のスポーツなら棄権と見なされて負けですよね」と理屈を入れる。
 煙草議論では「完熟マンゴの煙草が吸いたい」とやり、「七福神におばあさんがいないのは男尊女卑?」と疑問を投げて、お菓子の家は冷凍しなければ持たないと科学者としての発言。
 月の土地を売買してるのはおかしい?歴史上。上陸もせずに権利を主張するのもおかしな話と、話題は月まで突き進む。
 四人の会話により、話が進むある種のコード。日記形態を確立。
 最後に職業作家を目指す人に向けた言葉になるほど。

「職業作家を目指すには、本を作ることは二の次で、まずはコンテンツを作ることが先決」

 小説に徹し、小説外のエッセーや、特殊本の刊行に積極的ではなかった本格ミステリ作家の暗黙の風習を打ち破り、どんな文章形態でも、とにかく本にしてやるという意気込みで、ドンドンと新刊を刊行されている型破りのミステリ作家森博嗣氏のウェブ日記全集。(第五巻)
 時代の先端を行く男の(野心的な)コンテンツ。その舞台裏を、ひょっとすると覗けるかもしれない?全集がココに在る!(2006/2)


 
 
 
「大学の話をしましょうか ―最高学府のデバイスとポテンシャル」 森博嗣 中央公論新社 (2005/10/10・756円) 0000(4,6)

 今春まで国立某大の助教授だった森博嗣氏がようやく語られた実生活圏(大学)に関しての(主に)インタビュー集!
 まず、大学に身を置く人間の視点で語られた本書は、大学助教授の顔、声?で語られている。
 そんな印象を受けた。
 しかし、ここではミステリ作家としての遊び精神は、一先ず棚の上へと置かれている。
 そう、真摯な姿勢で大学とは何ぞやと、語られているのである。
 まず学力低下問題に対し「今までのような発展は望めなくとも日本は発展よりもゆとりを望んだからこうなったんですよ。学力は低下していますが、低下しても大丈夫な世の中を作ったわけで、これは一つの成果では? 〜 今のルーズさこそ、豊かさかも?」
 そう論じられている。
 「大学について」という問いに対しては。
「申請書を書くことが、教授・助教授の仕事の大半だと言って良いでしょう」
 しかし、内部での議論は、ある理由から、結論が出ないらしい。以下、理由。
「何かのイベントを(大学で)行う時、正論がどんどん出てくる。こうあるべきだ。これもあった方が良い。それはその通りなんです。でも、そんなことを全部していたら大変じゃないですか、という感情論は通りません。ですから、自分で自分の首を絞めるようなことになる。みんなが正論を持ち出すわけですね。会社だったら、社長が一言「無理だ」「くだらん」で却下でしょうけれど、そういう絶対的なリーダーがいないのが大学の組織なのです」
 そう、(職員の目から見た際に)大学とは、民間の論理とは、逆で、議論は果てしなく登場するが、命令をする絶対者が不在。
 ゆえに、物事の決定がなかなか下されない場所。(そう森博嗣さんは分析される)
 何をするにも書類書類で、その辺はかなり細かくお金の管理もされているという面には安心感を感じるものの、ここで森さんが問題視していることは、非常に納得させられた。
 そう、大学よ、変われ。
 改革すべきところはするべきではないのか?
 そう、内なる声を上げているのだ、森さんは。
 だからそれは絵空事の物語とは一線を敷くリアルな主張。
 大学を愛し、大学の未来を考える男の一家言がここにある!(2006/2)


 
 
 
「パラドックス学園《開かれた密室》」 鯨統一郎 カッパノベルス (2006/1/25・800円) 00000

 米国ヴァージ二ア州リッチモンドの郊外に16万平方メートルの敷地を有して設立された大学「パラドックス学園」に入学したワンダ・ランドは「パラレル研究会」《略してパラパラ研》へ入部。
 そこには、ドイル、ルブラン。アガサ。ポー部長という面子が揃っていた。
 推理作家との関係を尋ねるが知らぬ存ぜぬ。しかし、ここはパラドックス世界に存在すると思われる学園。彼等と推理作家にも何か関係があるのでは?
 一方、新しく入部してきたカーが密室で瞑想したいと、地下シェルターへ閉じこもるが出てこない。
 《5m間隔ある》ドアと壁の双方に取り付けた二つの鍵を同時に開いて開けるとカーは密室死していた。通路のカメラも、扉が開かれた時間にも誤差はなく、部員が侵入した形跡もない。それを扉が開かれた際のデータが証明している。
 しかも凶器さえも無く、室内に頭を打ちつけた場所も物も存在しないと来る?
 果たして、この密室でディスクン・カーは、いかにして死体化してしまったのか?
 「ミステリアス学園」の続編として刊行された鯨統一郎氏のパラドックス・ミステリ。

 本格ミステリ小説の歴史は低迷している。しかし、鯨統一郎氏は前世紀から続く本格系の橋を渡り続けているのではないだろうか?
 まず本作は「平行世界(異世界)」にリンクし学園に入園した生徒ワンダ・ランド(前世?湾田乱人)が密室事件に遭遇。SFなら、犯人はパラレル世界から来たお前が犯人だ。
 こちらと、お前の世界とを行き来し密室を抜け出したと、するところを、鯨統一郎氏はそうはしなかった。
 無論、捨て推理で、それも作中で触れているが。
 そこに、「意外な犯人」の究極の姿を追い求め、活字化するという野心が存在していたから。
 そう私は読んだ。

 何故か。

 本格ミステリ史上において、本作ほど意外な犯人は存在しない?そう思えるから。(乱歩が生きていたら「こいつぁスゲエ」と絶賛していたかもしれない?)=本格ミステリ系の賞に「意外な犯人」という項目があれば最高得点が付くことは間違いない。
 但し、作品化せずとも、個人レベルでは、この案に達している方はいると思われるが。
 と言う私自身もその一人。まったく同じではないが、相似したトリックを思案。活字化しようかともう数年越しで迷っていた挙げ句(意外なネタという角度だけから書いても、作品としてよい物となるか、自信がなかったため)本作を見て先を超されたと思った。
 しかし、そう考えると鯨統一郎氏はチャレンジャーだ。
 ミステリ好きの読者なら「まったく意外な犯人を考えた。しかし、絵空事過ぎるんじゃないか」と壁本にしてしまう可能性もある。(作者の扉裏の言葉にも「本当に面白い本ほど壁に叩きつけたくなります」と先読みしてコメントされている)

 さて、とにかく本作の主眼となる意外な犯人像。それは本当に変わっている。
 ヒントは、書物の内側の世界での意外性の壁に対して、まさにパラドックス。
 その角度から思案した鯨氏の知的スピリッツ。まったく一人ではあるもの、拍手喝さいをしてあげたい。
 そして、そのトリックを補足するよう、本書の左下にはパラパラ漫画が付属されている。
 モチ、この漫画とトリックが何らかの関係性を持っているとは私も思った。
 しかし、絵(漫画そのもにも犯人逮捕に到るストーリーが存在)と事件の関係性だとばかり思っていると、絵ではなく、パラパラとめくる事による物理現象と、本書のトリックが連動しているアイデアには「さすが、鯨統一郎」と膝を打った。(ちょっと馬鹿馬鹿しいけれど=そして穴も存在=回避するには、某人物がシェルターに入った後のページから死体として発見されるシーンまで、限定的にパラパラ漫画は記載すべきだったのでは?すると殺人と時間、場所が符号するのでは?)

 しかし、斬新な作品だ。しかも、一人の作家が次々と新しい作風を生み出し、ミステリ界に新風を巻き起こし続けているというこの(鯨統一郎の)状況が凄い。
 もう、誰もこのトリッキー野郎鯨統一郎を止められないのか!?

 普通、推理作家なら、今回は本格ミステリで行くなら次回はハードボイルドで行こう。次は恋愛でと考えるのはよく見られるが、しかし鯨統一郎氏は、ジャンルは変えたとしても、必ず本格ミステリの歴史。その背景を背負いつつ、過去の歴史に対するワン・ポイントの創意工夫に挑戦されている!
 文体が軽いせいか、評価は決して高くはない様子だが……しかし、トリックだけに焦点を当てると、化け物だ、ホント!
 大口を開けて、トリックの壁(限界)へと喰らいつき、その壁を喰いちぎっていく!?

 ミステリ界のキメラ!ここに在り!!

 一方。今回も「流行」+「面白い国語」「面白おかしい日本語」面も充実している。
 「シャンプーはラックスを使っていたんだけれど、新しいラックスにしたわ。ラックスを越えるのはラックスだけだもの」
 「優しい母親と真面目に働いている父親。『悪徳商法に騙されない方法』というビデオ教材を一万ドルも出して購入してしまうようなお人よしではあるが」

 そして、「亀に多少のハンデをやり競争したアキレスは亀には追いつけない。無限等比級数がそれを裏付ける。無限等比級数とは1/2+1/4+1/8+1/2n+……は1になる決まりのことだ。《亀はアキレスの速度の半分で進むとして》スタートは距離1/2の地点とすると、アキレスがその位置にいれば亀はその先1/4地点にいる。あとは無限にそれが繰り返される。これがゼノンの考えたパラドックスだ」」という説明に見られる「パラドックス」の薀蓄。

 しかも、この「パラレル研究会」では、何でもパラドックス的に物を考え、論理遊びをして犯人にせよ、一番犯人らしき人物は犯人ではないと、犯人に達したところで、何故か犯人推理を逆戻し。
 しかし凝った設定だ!(この論理。ラストの伏線にも通じている=伏線を奇妙な論理で操作する作品として、斬新なことをされている様子!)

 まさに、ミステリ小説を構築する幾つかの方法を要所要所に配置して、ほとんどのページが会話にて進行するという性質の(小説というよりは、脚本に近い)文体ではあるものの、内容面は、さすがの域!

 検視官にはスカーペッターが登場し捜査官にはニコラス刑事と、キャラクター面も、パロディの大家鯨統一郎らしさ大爆発で進行。(ドイルもルブランもアガサもア・ランポーも綾辻行人著「十角館の殺人」とは違い、実在の人物だ。ただ平行世界へ転生《リーインカネーション》してきた?)

 こう見ても、キャラクター系パロディ小説としても元気な一冊。
 何故か、ここに(デビュー前の年齢の)始祖ポーを始め、推理作家たちが揃っているせいか、このパラレル世界にはミステリ小説は存在しない代わりに、ミステリ小説で起きるような事件が起こり、それをポーを始め、彼等が 解決していたという、妙な設定。
 まさにアイデアを源に、アイデアを活字化した、とにもかくにも第一義にアイデアが来る「意外な犯人像」に挑戦された意欲作にして異色作。
 鯨統一郎の(ミステリーへの)挑戦は終わらない!(2006/2)


 
 



 
 



 
 



 
 



 
 
1月書評





1月 



 
 



 
 
 
「鬼の城伝説」 高田崇史 講談社ノベルス  (2005/1/14・820円) 00000

 垂仁天皇の頃に新羅に敗北した百済の王子が吉備(現岡山県)へたどり着いた。吉備に製鉄をもたらし、タタラの頭となってゆく「吉備冠者」と呼ばれた温羅。
 そこに、大和朝廷連合軍(吉備討伐軍)の総司令官(孝霊天皇の子)「五十狭芹彦」が鉄を差し出せ?と、吉備に宣戦布告?(吉備津彦神社付近の吉備の中山はかって鉄の産地だった)
 戦が起こった。かって(総社市)「鬼ノ城」の前方まで海が迫っていたという時代。
(崇神天皇・皇紀562年(BC97)新羅に「伽耶国」は滅ぼされている。「鬼ノ城」は北九州、中四国にある山城と異なる城で、日本のルーツとも言われる伽耶の技術で造られた?「鬼ノ城」周辺は「加夜群」と呼ばれ伽耶にも通じる説もあるらしい)
 (朝鮮式の)巨大な城が落城。追悼と、祀りを目的に「吉備津神社」は建てられた?
 勝者「五十狭芹彦」は吉備津彦命と名乗り、猿、雉、犬に当たる家臣達と共に今も神社に祀られている(おそらく猿に当たる人物のみ鯉喰神社に)。
 さて、猿、雉、犬とは一体何者?

 一方。現代の総社市の外れの鬼野辺家の釜が鳴り、言い伝え通り、主が亡くなった!
 鬼野辺家の長男と婚約した妙見明日香は土蔵の中で首無し遺体となった婚約者健爾を(密室下で)発見。
 その謎を解く桑原崇。桃太郎伝説の謎と共に、彼の推理がシャープに決まる。
 QEDシリーズ第9弾!
 知識が人を小説家にさせる?
 そんな気にさせる資料の城から生まれた薀蓄文学。「書記」「古事記」に止まらず、東洋の文献の読み込み量。天晴れの域。
 しかし密室トリックの質は、いつもながらに低い。ただ今回は一案捨てているので、論理的カーブを用意した点は買いたい。しかし、よく見かける手……亜流。(半面、同メフィスト作家関田涙さんは偉い!「エルの終わらない夏」で密室案を捨てたものの、その捨てた案も捨てがたい案だった。しかし亜流に止まらないスピリッツには頭が下がります)
 一方。本作は、モチ「エルの終わらない夏」よりも高貴かつ質も高い(密室トリック以外は!)
 そう、もうトリックを織り交ぜるのをやめていただきたいと思えるほど、トリックが足を引っ張っているのがこのシリーズ。歴史の重厚さを軽くさせる飾りと感じてしまうのは私だけ?

 さて。歴史の検証の方はどうだろう。
(ここからは、本書に対する私の疑問点)

 製鉄は朝鮮から入り、発展したのは5世紀。となると温羅の技術を何故、朝廷はそれほど取り入れなかったのだろう?(矛盾点?)
 果たして温羅は、本当に吉備の民から愛された愛ある豪族だったのだろうか?
 大和朝廷は、鬼として扱い、武勇伝+温羅をワルの親玉にするため「桃太郎」を作ったという説ながら、果たして「桃太郎」は本当に温羅の死後の創作なのかは不明(昔話に吉備津彦と温羅の戦いを被せただけかもしれない?)
(桃太郎が今の形になったのは江戸時代「雛乃宇計木」から。現存する本は1723年。最古の本では桃太郎は桃から生まれたのではなく、桃を食べた二人が若返り子供を産む話。尾佐竹盛曰く「立志伝はなかった」元は童話?滝沢馬琴の残した(今の)桃太郎説を、厳谷小波が書いて国定教科書にて活字化)

 しかし、もし温羅が、民衆を苦しめるワンマン豪族だったら、朝廷が(異国から来た吉備の支配者)から民を解放したとも読める。
 そう、史実はやっぱりわからない!時代の視点に立っても文献が少なすぎて、わからない!
 ただ、もし当時の民衆の書き残した木簡等が出土されれば話は別。(そこにもし民の本音が書いてあれば、一体、どちらが鬼だったのかは判明する)
 もちろん、朝廷は、(五十狭芹彦=後の吉備彦命による)吉備討伐の際「逆らう者は討て」と「日本書記」にも残している。
(信長が鉄砲で勝者となったように、鉄を手に入れ鉄製の武器を持てば、鬼に金棒ゆえ。全国統一も夢ではない?)
 「日本書記」崇神記60年に「出雲の神宝(おそらく鉄)を見欲し」(出雲の宝が欲しくてたまらない!)と詔をし、我が軍に逆らう出雲の者がいるならば、討てと命令している。その際、五十狭芹彦は、出雲振根を謀殺。  ここだけを見ると、まるで侵略者。しかし、朝廷側に、支配と同時に国家統一により、地方の乱を終了させ、平和な国作りを目指すというスタンスがあるなら、この行為を盲目に責めることもできない。
 そう、正義の味方はどちらかなのか、今あるデータではわからないのだ!(温羅自身、異国の王子であるし……)

 猿、雉、犬の検証。一仮説としては抜群な説得力が存在!
 が、新案も登場する余地はあるはず……そう、この余地が歴史の謎解の曲者。そう真相はやはり、わからない!
 歴史に関する予備知識なく本書を読めば、素晴らしい謎解きだと膝を打ちたくなるところ。
 しかし、それは朝廷や官僚の書き残した国サイドの残した書(「日本書紀」「古事記))から推理するしかない、勝利者(朝廷)かつ官僚の主張。
 つまり、民衆の考え、本音は、何も残っていないのだから、どちらが正義でどちらが悪なのかなど、推理することさえベルリンの壁。
 現北朝鮮から見て日本、米国は鬼として、果たして、鬼はどちらか?(民の声は海外に出ない空間で書かれた物から何がわかると言うのだろう?)
 いや、国家レベルでは、正義も悪も紙一重。なのかもしれない?

 それでも歴史ミステリ作家は、歴史の謎へと挑戦する!
 官の書いた物の中に、その一字一句の中に、ひょっとすると民の感情も書き残されているかもしれない?
 表情が?
 「鬼の城伝説」本書は、温羅が鬼とされた定説を、覆す内容としては目新しい一冊!
 ただし、私は(上記したように)ここから考える。
 果たして、温羅は本当に吉備の民に愛された首長だったのかと?
 その視点から、私の「新説桃太郎」物語が誕生した暁には、皆様、どうぞご愛読くださいませ!(2006/1)


 
 
 
「エデンの命題」 島田荘司 カッパ・ノベルス (2005/11/22・980円) 00000

 アスペルガー症候群の子供たちの集う「アスピー・エデン学園」のティア・ケプルタが消失。自分宛のF・D(フロッピー)を開けたザッカリは、この学園がXX農場であることを知る!?
 この学園と「エデンの園」の血脈ユダヤ人との関係性とは?
 島田荘司の挑む、歴史ミステリの魁作。
 「21世紀本格」収録作「ヘルター・スケルター」計二編を収録した島田荘司の新境地!

 「エデンの命題」には、まず中盤にサプライズがある。それが、ティアの説く「エデンの園」の仮説。
 ティアは、何故、男から女が生まれるのか?
 イヴの生まれたメカニズムを科学的に検証。
 仮説を打ち出している。
 この論に下敷きがあるかどうかまではわからない。しかし、トンデモ本だ!
 素晴らしき歴史推理。しかも、それが華麗に決まっている点が、謎解きものとして美しいではないか!
 文体がやや軽い印象を受けるせいか、作品のリアリティに深みをもたらすことには成功はしていないものの、とにかく題材(ネタ)に関すると、島田荘司は、新しい境地へと立った!
 強い手応えを感じた!

 遺伝子という角度から、エデンの命題へと挑むロジカルなダンシング。
 いかにも都会的な作風だ。やはり島田荘司は、時代を先導していく先駆者だった。
 そう改めて思わせてくれるほど新しい題材を作中に込めた、スペシャル・ノベルス。
 そう、本書は科学の進歩という後ろ盾を武器に、科学マジックをストーリーの船に載せて舵を取っている。
 日本では学園もの全盛期と呼んでも過言ではない(ミステリ小説の)状況下にあって、島田荘司は、常に一歩前へと足を踏み出す。
 その足跡が時代を築いていき、後から追う者は、道祖神の如き彼の背を見つめる。
 しかし、島田荘司が足を止めた時。新本格は前進、飛躍したが、今、新たな袋小路へと入ろうとしている。
 だからこそ、そういう時に求められる作品は「ロシア幽霊軍艦事件」でも「魔神の遊戯」でも「ネジ式ザゼツキー」でもなく、リアリティが高いうえに題材が(ホームラン級に)斬新かつ仮説(本書においてはロジックの意)に絶大なるサプライズを持つ本書「エデンの命題」こそ、それに値するのではないだろうか!?
 とにかく、題材の新しい作品。(同収録の「ヘルター・スケルター」も必読!)
 疑う輩は、島田荘司版「新説・イブ誕生」の並ぶ本棚へと、伸ばせよ、手を!(2006/1)

 後記=個人的なことですが、本書を手にした時私は、ひょっとすると本書「エデンの命題」は、私に向けての返答かもしれない?とふと過ぎってしまった。
 冒頭から延々と語られる惑星の薀蓄。
 そう、島田先生の講演会時に私の提唱した「本格無重力推理」
 それに対する返答か?(島田的)青写真がそこに示されていたからだ。
 ゆえにこれまでの島田テイストとは明らかに違う宇宙理論がここには書かれている。
 しかし、当の私は「本格無重力推理」の迷宮に陥り、その壁を突破することにでさえ危惧している現状。
 あるいは「陰陽天文推理」という分野へ様変わりしようとしていると言えばよいか?
 しかし、本書は、私への挨拶なのか?
 ご自身が世に問いたい何らかの提示なのか?
 真意はわからないが、本書はまさに「本格無重力推理小説と呼べる一品だ。
 単に一ページ前後の宇宙論なら、私の早計かつ勘違いと言えるだろうが。
 かなりの頁を割いての宇宙論を提示する本書は、まさに島田荘司の新境地と呼べるかもしれない。
 私も早くお返事できるよう精進せねば。もしや「本格無重力推理」ではなく別のアプローチによる物としての表現かもしれないが。想像の翼を広げて!(2006/1)


 
 
 
「天使のナイフ」 薬丸岳 講談社 (2005/8/8・1600円)  00000

 四年前。十三歳の少年三人の手によって愛する妻を殺害された珈琲ショップ店長桧山貴志の元に、訃報が届く。その少年の一人がこの町で殺害されたと……。
 四歳の愛娘「愛美」を抱きしめた貴志は、その容疑をかけられていることに薄々気付き始めるが、その背景には、様々な人間たちの人生の陰影が横たわっていた!?
 2005年度。第51回江戸川乱歩賞受賞作品。

 一文一文に気持ちの込められた丁寧な文章。文体の温度が常温でバランスのよい印象。
 特異性を全面に押し出し、奇をてらう作品が多い中、この落ち着きぐあい、リアリティは何だろう。単にストーリー起こしを活字化したに止まらぬリアリティが文体を温もりのある域へと高めている。情感。人間としての良識ある考え方。
 それが、中核にきちんと据えられているせいか、主人公である桧山貴志が異常な感覚、いや、読者に疑いを感じさせるような言動を一切排除してある。

 ゆえに作中での彼は満点パパだ。
 人間としての嫌らしい感情。毒々しい一面。それが彼の造形には設定されていない。
 無論、被害者として、暗い道を歩いていく人生を送っている時点で人間としてダークな一面を表層に出せないのはわかるけれど、人間として一面的な部分しか描けいてない……そう言われたら返答に困るかもしれない(回避する方法として=主役が飲み屋とかに行き、そこでママに愚痴をこぼし、ママのお世話になるとか、そういう弱い一面が描けていたら、人間の多面性も出たかもしれない?)。

 さて。この満点パパが、妻を殺害した(現在は出所した)少年達殺害の容疑をかけられてしまう。この展開は、エンターティーメントとして悪くない展開だし、サスペンス度の高まる場面として見せ場となっている。
 その後の展開にも粗がなく、魅力ある文章で読ませるリーダビリティ高い作品として私は評価したい!

 そして、この作者が小説技法で最も物にしているのは(トリックではなく)構成力だ。
 ゆえに、小説としての本丸は構成力にあると私は読んだ。
 正確には、テーマと構成。その二本柱!

 密室トリックやアリバイ・トリック。それらが書かれているわけではないので、ミステリのトリック面は評価できないものの、作者の武器は構成にあると断言できる。
 キャラクターも悪くはないが、キャラだけなら、上手い人は他にいる。
 しかし、構成の妙味。人物の配置図。
 時間と空間を上手く作用させながら、人間関係で読ませるタイプのミステリとして、本書は秀逸な域に達している。かといって、単に叙述トリックと言うわけでもない。
 そして、設計図だけが優れていると言うわけでもない。
 設計図と文体の絶妙なハーモニーが功を成し、作品として成功している。
 伏線である預金通帳。妻の空白期間。妻の親友の謎。妻の訪ねた過去住んでいた土地のある人物。少年達の弁護士。アルバイト店員。
 これらが一本の赤い糸で繋がっていくラスト・シーンは、まさに構成力の賜物。
 上手いつなげ方をしてくれると感心してしまった!
 
 きっと犯人は早い段階から数名には絞れる。しかし、単に絞っても無意味だと知った時(つまり読者に知らされていない情報。これを知らぬ限り、犯人のみ推理しても余り意味がない構造になっている。そう、動機が深く絡んでくるからだ)、確実にカタルシスを味わえる。
 肩透かしか?
 否。物語は最後まで一本筋が通っていて、読者の胸を動かすラストへと悪くない展開で導いてくれる。
 私はこのオチ以外でも、他のパターンもありうるし、やっても魅せられるとは思った。
 しかし、この着地を選択した作者。その確信犯としてのストーリーテラー度に、「いい作品をありがとう!」と送りたい!
 (読書中)途中までは「きちんと意外な結末を魅せてくれるだろうか?」
 正直、半信半疑ではあったものの、読者の期待を裏切らなかった作者に対して、私は拍手を送りたい!(素直にそう思う!)
 トリック面、物理面。つまり本格ミステリ的な技は、導入されてはいないものの。
 本書は構成トリックもの。
 そんな分野に位置づけれられるのでは?
 そこまで思ったほど、伏線、構成が秀逸だった。
 特に、人物の配置に関すると、突出している!

 そして、それらを見事にまとめあげた巧みなる構成の技によって、読者を騙しと同時に、メンタル的にも、心地よい読後感へと導いてくれる。

 技と、配合。文体。この三位一体はなかなか心地よかった!

 大切な人を失った者達(つまり本書は、一人の物語ではなく複数の人間模様が混じりあった物語)が、何を考え、どんな復讐に出るか。
 その複数の人間たちの心の動き。
 それを絵にしたような小説。
 今回の乱歩賞作品の読後感に薫葉感激!(2006/1)


 
 
 
「平成マシンガンズ」  三並夏 河出書房 (2005/11/25・1050円) 0000(4,1)

 「ケンカと仲直りの規則的な羅列が句点も読点もなくノンストップでただつらつらと続いていくような、そういうお付き合いだった」
 という書き出しで始まる現役中学三年生が執筆した第42回「文藝賞」最年少受賞作品!
 父が、愛人を作ってしまったために家を出た母親。
 それを心配する内田朋子の視点で書かれた青春小説。
 それが「平成マシンガンズ」だ。

 彼女(ヒロイン)は、どこか壊れた性格の父親の愛人から、なれなれしく接せられることを潔癖なまでに嫌う。
 父親に対し怒りを覚えつつも、しかし、やり場なきモヤモヤを抱いているさなか。
 夢の中に現れた死神からマシンガンを入手。
 それを夢の中で撃ちまくってうさ晴らしをする!?
 しかし、気が付くと、死神さえもマシンガンで撃っていた。
 だが、死神は死んではいなかったのだ?
 場面変わり、やり場ない気持ちのまま母親の元へ行くと、そこに父親の愛人の兄が?
 何故に?
 さて、その兄との大団円は語りませんが。
 それほどの意外性でもありません。
 しかし、本書。中三の描写力にしては上手いのでは?
 構成にせよ、文学としての出来栄えに到るまで。
 同時受賞の「窓の灯」こちらは、さらに数段も上手。が、三並夏。この年齢でこれだけの作品が書けることは、まさに鬼才!
 いや、精神的に大人なんだと思う。
 父親や父親の愛人を冷静に観察し、子供として親に屈しない姿勢。
 そう、作者はすでに大人なのだ。
 
 大人と言葉で対峙できる言論力を、彼女は(ある程度量)物にしている。

 何故ならば、言葉持たぬ子供であるならば、親の身勝手さに対して奇声を上げたり、暴れたりという手段でしか返せないはず。が、この作者の描くヒロインは、言葉で自説を述べている。
 おそらく作者は、今後、主張する大人(現代女性)となっていくのであろう。(その根が本書に表れているゆえに。雄弁家は一晩にして成らずというわけか)
 ゆえに、思考停止をしてしまう若者ではなく、自身の権利。それをしっかりと主張す強いタイプの女性。
 怖い大人の女性になるかもしれない???(作家を目指す女性である時点で、言葉が達者なのは当然かもしれないが)

 うむむ……強い女性。
 一作読んだだけで、この作者に対して、そんな印象を持ってしまったのは幸は不幸か?(つまりただの中学生じゃない!理論武装して自己主張をするタイプ)
 そして「結局、あたしたちを動かしているのは本能ではなく、世間体」  「一気に昇天。リアルに着地」「保身本能」などに見られるセンスのある(作家としての)言語感覚。
 ただし、(死神というキャラを登場させる時点で、コミックとして受け取られてしまう弱点があるために)ストーリーに個性があるかと問われると難しいものの、構成に破たんがなかった点は、この年齢にしてみると、結構な大人なのではないだろうか!
 しかし、精神年齢高き最年少文学系作家が登場したと思う。

 死神とマシンガン。それだけを取り上げると、重複するもの、漫画っぽい印象は拭えぬものの(ここは負の面)、それらガジェットが、オチとは乖離していたことは、救い。
 そう、単なる道具として扱ったのだ、彼女は。よって、ここは文学としてジャンル維持を死守している様子?(ここは偉い!)
 結末をファンタジーにするという選択肢を回避(ここは好感触!)、さらに最終的に「父母のようなだらしがない大人にはなりたくない」と結んでいる。
 そこには、哲学が描かれていると実感!

 自分に向き合わず、遊びや、逃げに走る作品が多い中、本気で大人に向き合って、自分自身にもきちんと向き合おうとする作者の(葛藤しつつも前へ進もうとする)姿勢。

 子供?ながら、すでに大人の精神度を持つ作者の心の声。
 それがよく描けた文芸賞受賞作品!(2006/1)


 
 
 
「窓の灯」 青山七恵 河出書房 (2005/11/25・1050円) 0000(4,4)

 第42回文藝賞。
 美しく洗練された文章。それが青山七恵の世界。
 内容は、家出をした私が、行きつけのミカドという名の姉さんの経営しているお店で雇ってもらうと同時に同居させてもらう。そんな生活を描いた隣人関心系小説?(覗き系?)

 そう、ヒロインは、ミカド姉さんに憧れているのだ(ややレズってる?)。

 ミカド姉さんとは、そこまでの美人ではないが、男を悩ませ、よい香りのする女性。
 いつも綺麗にしていて、愛人と日々戯れている。
 その(性の)戯れをヒロインは、壁に耳を当てて、姉(ミカド姉さんの意)の声だけを拾って(興奮して)いる。
 この、女が女に興味を抱くという特異な生態。
 それが本作の人間の描き方の特徴。
 と、ここで、文学における人間を描く問題を挙げてみたい。
 文学では、ステロタイプの描き方を下手とし、(恥であろうとも)内面を濃く深く描く作品を上手いと評す歴史を持っている。

 と、そこできっと作者は、レズ。それも、洗練された文章によって、人間の性癖を上手く活字に起こしたことに成功している。
 そう、彼女は、ありきたりの人間の描き方ではない描き方を考えた結果(+自身の興味)、こういう描き方をしたのだと思う。
 よい人間はとことんよく描き、悪い人間は悪く描くという、一面的で文学では「人間のリアリティがない。人間は善悪二面を持つのに、良い人は良いでは人間のリアリティが表現されていない」と、低評価されることを知ったうえで、彼女は、普段は、表層へは上がってこない人間の陰部、癖の部分。
 一般生活の会話などでは、恥とされる心理地帯に踏み込み、小説化したはず。

 しかし、そういう描き方という枠を取れば、単純にこれって「百合族」系かと思ってしまうのも事実。
(しかし現代、人間の内面を濃く個性的に描くとすると、もう変態を描くという選択肢しか、残されていないのだろか……?事実、昨今の純文系受賞作は、変態性を持つ男女の登場人物が非常に多い……そして官能小説性を兼ね備えている点も受賞の大きな条件と言ってよいかもしれない。
 もう一つ足すと若い女性が官能性、変態性を描く作品。それは一つの受賞のハウツーとまで化しているご様子??)

 例えば、本書にせよ、ヒロインの変態感覚が、さらにPOPな印象を持つなど、非常に時代と共振している点は、受賞に到る大きな評価ポイントだったのでは?
 (女性の描く明るくさわやかなエロ。今、最も文壇が求めているニーズがここにある。端から見てて、そう思ってしまうし……つまり今の時代、新人賞は、若くて、エロが描ける女性が、最も受賞に近い位置にいる。男よりも女が有利。それが私の分析。
 しかし、近い未来に老人文学全盛期が来ると予感している私は、その時、若い女性が不利になるかもとも予感……時代は人を差別するから、若い女性で作家志望なら今が一番チャンス大では?とにかく今は男が不利な時代ゆえ……)

 と、ヒロインは、ミカド姉さんにぞっこんかと言うと、叶わぬ恋と知ったせいか?、男にも興味を持つようになる!
 よって、向かいのアパートに越してきた、いつも下着姿でいる男性へと興味を惹かれるシーンが登場た際は、(内心)ホッ?としてしまった。
 カーテン越しなので、男の顔は見えないのだが。
 しかし、覗きフェチだ。
 それから、ただひたすら覗く日々が始まるのだから……ホント、覗き趣味があるのか、そういう性癖の人間を本気で描きたかったのだろう。フェチ小説を。
 
 むむむ。もう本書には「覗き小説」という名称を与えたい。(気分)
 そういう人間の一面、特異性というフィルターを活字化した性癖小説とも呼べるかもしれない!?
 それが本書「窓の灯」だと私は読んだ。

 しかし、文章面はホント、洗練されていると感じた。
 この洗練度は、同受賞作「平成マシンガンズ」に対し、圧倒的な差を付けている。
 しかし「平成マシンガンズ」の作者が中学三年生という年齢の若さから二人を対比させると、非常に比較するのが難しい。(青山さんも、二十二歳とお若い方だが)
 作品単位では「窓の灯」に軍配が上がる。
 しかし迸る勢いを持つ「平成マシンガンズ」の作者の才気には圧倒されそうなのも確かだ。
 が、完成された美が本書「窓の灯」にはあるので、ここは比較するのはよそう。(つまり、本書こそ受賞に相応しき作品と言っておきたい)
 小説としての上手さ。
 文体の体温。
 書き慣れた者でなければなかなか出せないと思われる(小説の)味。
 どこかマイルドなチョコレートを齧った時に感じる味。
 例えると、そんな味わいのある小説。
 それが「窓の灯」です!(2006/1)


 
 
 
「天に還る舟」 島田荘司・小島正樹 南雲堂 (2005/09/8・966円) 00000

 妻の実家・埼玉県秩父市に帰省した中村刑事の遭遇した昭和58年12月(火刑都市事件直後)の連続殺人事件。
 旅館「想流亭」に集った「戦友慰霊会」の藤堂、陣内、浅見、(片足と思われる)秋島の四名のうち、藤堂が(列車の渡る)鉄橋から吊られた状態で発見。何とその真下には船も宙吊りにされていた。
 続いて起きた秩父赤壁の川の中の石の上で発見された眼球の無い(陣内?の)死体。
 続いて、甌穴に縛られ、手を前に出して、鎖を垂らす(浅見の)死体。
 果たして、第四の事件は!?
 「戦友慰霊会」を脱退した長澤は何か知っているのか?

 大スケールの殺人トリック、見立てトリックの炸裂した島田荘司&小島正樹氏の力作本格ミステリー!
 小島正樹氏は「御手洗パロディサイト事件」に参加された時からトリッキーな作品を書かれると注目していた私は、本書を興味深く読んだ。
 まず、詳細に富む地名描写が、事件状況の説明を克明に提供。
 やや退屈になる半面、本格ミステリとしての大黒柱を支えている点は好感。
 その意図は、惜しみなく情報を与える作者のフェア精神を垣間見たから。
 探偵は、本の売れない時代ゆえ、小島氏のオリジナルキャラは却下されてしまい、今回は島田キャラを使用して欲しいという出版社側の意図が働いたことから、中村刑事に落ち着くものの、中村刑事の地味さ。
 これは足を引っ張っている感……。
 そのせいか、全体のトーンも地味。
 キャラにフレッシュさが無い点は、一作として見た時にどこか弱い……。

 しかし、本書の草案を考えられた小島正樹のプロット力。トリック力には良質の腕を感じた。
 コードとして特に「見立てトリック」
 この見立ての原案にさらに一捻りあり、結果として「二重構造の見立てトリック」になっている点には、斬新さを感じた。

 そう、単に見立てなら、結構多用されているが、小島氏は、一案、いや二案を捨てて、最終案を採用(実質、二人の手により、二案が使用)。
 しかし、三つの角度から見立てを掛け合わせて、挑む(本格派としての)心意気は、熱い。
 しかも、特に一つ、いや一セットの見立てが、歴史的背景を持つ見立てとなっているせいか、背景に見えてくる資料。そういう手間暇をかけた創作作業が、また本書に貫禄を与えていると言えるのではないだろうか?
 もちろん、心理描写は、さほど無い。ほとんどが、状況説明に頁が割かれる形態の本格ものだが、作品の構造力あり!
 そう私は感じた。 

 生易しいトリック。この程度で充分。そういう妥協を許さず、本格のストライクゾーンを目指し、島田荘司と共に研磨したプロットの磨き。
 この磨き加減も悪くない。
 もちろん、全てのトリックが秀逸とは言えないが、特に「鉄橋に吊られた船」に隠された論理に関すると、高度な技を使われたと感心してしまった!
 そう、単にロープを使用するに止まらず、ロープにも、二重構造を扱かっていたのだ。

 今までの本格系トリックを前に、さて、これをどうアレンジするか?
 そういう発想から、誕生に到った船の論理。見立ての論理。(他のトリック等は、アレンジ力が、今触れた二大トリックと比較すると、やや劣るので、あえて私は二つの案を挙げたい)

 この二大案を読むだけでも、本格ファンは、損はないだろうし、動機面にせよ、歴史的背景を宿した、納得のいく作品に仕上がっているせいか、粗の少ない作品。そう呼べると思う。
 ただし、戦争シーン。その残酷さには吐き気がした。
 しかも、事実と言うより、ある残酷極まりなき殺人が登場した時は、創作とはいえ、やり過ぎでは?と胸痛み……。

 そう、その殺人と、本書の現代の事件が絡むだけに、もちろん、動機面の説得力を助ける構造にはなっているが、お世辞にも気分のよいシーンではないせいか、そこだけ飛ばして読みたくなった。ホント。
 しかし、そのシーンが、最後にピースとしてパズルの中に嵌められる時。
 本書は、ある域の完成度を持った作品として、読者の胸へと迫ってくる。
 何故なら、ここまで大胆不敵な犯罪をやってのけた人物の動機。
 それを裏付ける芯となるのだから!

 島田荘司の後援により、デビュー作として本格ミステリファン達の前に、宣戦布告した小島正樹氏の、(かっての)新本格ミステリー作家達の放ったトリックの魔弾にも似た熱い息吹。
 質の高いトリックとは何かと聞かれたら、今真っ先にオススメしたい一冊!(2006/1)


 
 



 
 



 
 



 
 



 
 



 
 



 
 


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