薫葉豊輝の電脳日記
 

        2008年


9月、10月

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10月




 



 



 




 




 

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9月

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9月



 
9月29日(月)先負・壬申・七赤・閉・華・氏・新月・一粒万倍日・不成就日
9月30日(火)仏滅・癸酉・六白・建・觜・房・カシオペヤ座RZが極小・こと座βが極小・月が水星の南1゚08.8'を通る(南極方面で水星食)



 25日の日記で、次の地震は29日か30日と指摘しましたが、25日以降止んでいた地震が29日(PM8:49頃)に、広島・庄原(震度3)で起きたようです。

 

 
9月28日(日)赤口・辛未・八白・開・昴・亢・月が土星の南4゚32.6'を通る・月が赤道通過、南半球へ・カシオペヤ座RZが極小

 文学が私を呼びとめ、文学の庭の中に久方ぶりに入る。
 俳句がこの体を縛るが如く絡み付き、現代の愚陀佛庵に、魔法の絨毯もないが、迷い込むように入室。

 句会は、私にとって現代の愚陀佛庵なのだ。
 だけどここは人生の闇。それを凝縮させて見せてくれる修羅場。
 時には軽妙に、毒も薬も小皿に載せて、この眼の前にさらりと置かれる。
 それをスプーンで一匙すくい、

「あ」
 と幽(かす)かな叫び声をお挙げになった。

 というようなD・治の「斜陽」の一シーンではないが、二匙すくい、舐める。
 苦っ。

 化け物のような俳句が胃を焼き付け、腹中にZZZZと、春嵐が起き始める。

 私が走り、その影が足跡が用紙に付着し、原稿交響曲が続いていく。
 次第に足音まで五七五。足サイズまで?五、七五に変身していくようだ。

 表の言葉を口にする唇。
 裏の言葉の零れていく一句。
 だけど涙は書けない。心情は駅前のコインロッカーに押し込んで、俳句の定型の中では、洗練された言の葉を選ばなくてはならない。

 芭蕉の髭が大地に降りて、その音を詩のように聞いてみよう。
 あるいは、その毛で筆を作り一句詠んで、それを紙飛行機にして、千年先の未来へ飛ばそうか。
 それを追いかける猫。

 猛スピードで走っていく。
 漱石のネクタイをして駆ける猫。

 TZR250を追い抜いて、サーキットまで迷い込む。

 それを私は魔法の絨毯に乗って追いかけて、いつしかお目めはくるくる火花はパチパチ、負けそう負けそう。
 サウスポーの憎いあんちくしょうに。

 ネクタイが風のなびく仮面ライダー気取りの猫よ、猫よ、文学の猫よ。

 文学の蒼き風を吹き起こせ。
 眠い眼をして故郷を眺める平成のアンデルセンに霊感を授けよ。

 終わりを告げた物語に、凍りついた物語に。
 それを再び咲かせる花の種を。
 その種を授けよ。

 漱石のネクタイをした猫がようやく芭蕉の髭をつかまえて、☆の形にして額に付ける。

 倉敷駅のアンデルセンは冬の時代に突入し、そのまま倉敷の文学界も栄えの季節を終えるのだろう。

 だが、筆を1/2折った私に、猫が振り向いたのならば、この部屋の軒でもいい。

 物語の終わりの丘で読み捨てられた物語の霊たちを供養しているこの物語の檻の中と外の境界に立つ、この平成のアンデルセンに、物語の終わった後に咲く最後の物語を産みだす鍵を与えよ。

 そしてここは、昨日までの私の住む街とは変わり、新たな地名へと変化してゆくだろう。

 新愚陀佛庵という新たな幸運の地へと。

 漱石の猫の末裔が迷い込み、ここに新しい声をしたホトトギスが止まり、七度啼く昼に何かが変わることだろう。

 

 
9月26日(金)仏滅・己巳・一白・成・婁・軫・彼岸明け・和歌山日前神宮例祭
9月27日(土)大安・庚午・九紫・収・胃・角・大神神社崇敬大祭・奈良吉野神宮大祭・長野穂高神社御船祭・大つち・五相伝・7P/ポン・ウィンネッケ彗星が近日点を通過・小惑星137032が最接近



 お報せ


 「山梨県(甲府市)鑑定会 〜星の導き〜」を10月4日(土)〜5日(日)までを予定していましたが、6日(日)まで行うこととなりました。よろしくお願いいたします。



 お報せその2


 岡山市柳町の山陽新聞本社ビル一階の「さん太広場」にて、10月8日(水)18:30〜20:30(スタートは19:00)に、アルゼンチンタンゴ・ダンスパーティーを行います。
 今回は、特別に無料で行います。(P無し)

 全国的にも画期的な屋外、フリースペースでのタンゴライブ&ダンスパーティーにて、私は、カメラ撮影をしておりますので、私をお見かけになりましたら、気軽にお声をかけて下さい。(私も一曲ぐらいは踊るかもしれません?)

 今回は特別に無料ですので、通りすがりのままダンスの輪に入れる画期的な企画です。〜靴は普段履きでOK!(サンダル、スリッパは不可)〜



 お報せその3


 「ライター会議」

 次回のテーマは(薫葉豊輝の発案したオリジナル企画)「連想小説」

 まず物語の冒頭を一人めが発想し、隣がそれを受けて話を膨らませ、又隣へと。

 (何周もの)テーブルトークにて、参加者全員で一つの物語を(筆ではなく口頭にて)完成させる連想という糸にて紡ぐ「立体小説」!

 書くのはちょっとという人は、今回是非ご参加を!
  日時=10月12日(日)午後2時ー5時
  会場=岡山市表町三丁目さんかく岡山二階ミーティングル
ーム
 参加費=500円  (レギュラーメンバーは300円)



 お報せその4

 この間、鑑定させていただきましたお客様に「ABE−KOBA」という新世代ギター・デュオを身内にもたれる方がおられまして(ABE−KOBAは東京在住ですが、その方は岡山の方です)、話を聞いていると、TV「美の巨人たち」のエンディング曲として長く使われていたらしく、CDを聴かせていただきましたが、上手いと唸るギターでした。


 その方のお店の名前を現在検討中ですが、私が提案した(縁起良き)店名が只今、有力候補に挙がっているとか。

 良きお店が開店されますことをお祈り申し上げます。

 そして、お身内の「ABE−KOBA」の方も良い曲が出来て、今後益々ご活躍されることをお祈り申し上げます!

 

 
9月25日(木)先負・戊辰・二黒・危・奎・翼・福岡太宰府天満宮例祭・不成就日


 やはり本日(25日)、地震があったようです。

 9月25日午後3時5分頃、宮城・岩手で震度3(M4,4)。

 震度1の地震は多いので、それは数えませんが、2も見送ったとして、何とか今回も地震の行路を先に捉えることができました。

 しかし、晴天なら更に度数が上がっていた予感がしています。
 ということは、更に上の地震につながる潜在性が、特に宮城、岩手県には秘められていると考えますと、この続いている雨がきっぱりと止んだ時が、次の哨妊。
 その時は星位等で指摘できないかもしれませんが、しかし、それでも法則性があるならば、29、30日に何もない事を祈るばかりです。


 一方、本日。企業鑑定にて、県西へ。
 営業所の皆様に開運のありますことを!


     ☆
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9月24日(水)友引・丁卯・三碧・破・壁・張・一粒万倍日・水星が留




 この13日に大きな地震がなかった事でジュセリーノ予言を低く見てしまう風潮になっていますが、私が思いますに、今回の地震が逸れたのは幾つか理由があったような気がしています。

 まず、多くの方々が祈り等によってそれを防いだ。私も地震除けの祈願をしましたし。

 それとジュセリーノさんは、自身が参考にする暦(エジプトの奴隷に起源のあるという暦だそうです)の方を重視し、季節の特徴をやや軽視(そこまで守備範囲を広げず、雨が多いなど、今の季節の特徴までは視野に入れず、あくまでも暦重視で危険日を弾き出)していた?
 そんな気がします。

 でも、星位のみを観る占術家は、確かに季節の特徴まで視野に入れている人ばかりではないので、私も、何故かと考えていると、それに気付いたまでですが。
 つまり、同じ星座、同じ干支が来ても、その季節により、天災の発生確率に差が出ると考えられますと言いますか。

 ですので、やはりあの日は、危ない日だった気はしています。

 辛酉の月の五黄の辰の日でしたし、星座でも太陽土星の妙な配置、木星の留、水星の東方最大離角、金星と火星の大接近、天王星の衝、アスペクトの数等。
 危険日であったことは確かでしょう!

 しかし、今の時期は雨季のため、大雨によって、地震の方は、発生しなかった。

 暦には、大雨の記述などはありませんから(干支なり星の度数だけです)、星の動きを眺めていても、雨風の方はそこからは見えてきません。

 ゆえに、単純に地震はなかったというよりも、季節的に、大雨によって、地震は封印された?

 さて、直後も雨が続いていましたし、ただ危機的な星位を過ぎると、おそらく次の危険星位まで保留されると思われるので、直後には来ないのでしょう。(人の厄年と同じで、その年を免れると危機回避できると私は解釈しています。ただ一度悪くなった体は完治するのは難しいとは思いますが)

 ですから完全にジュセリーノ氏の地震予知。
 それを軽視することは、できないかもしれません!


 一方。私が某誌にて指摘していたのは。
 今月は、12〜15日頃。23日頃。

 実際、地震は15日でピタリと止み(主に震度2単位の地震)、22日に青森・八戸で震度3の地震が起き(15日以後、珍しく震度3が)、24日に岩手、宮城で震度3の地震が起きています。
 ですのでその指摘も当たりました。

 さて、ここで落ち着く。

 そう思いきや、明日の干支を見ると、戊辰。

 星位の全てに悪いサインがあるわけではありませんが、私は今年、辰の日は注意日と新たな発見をしましたので、それに雨も落ち着いたところです。

 明日25日は、地震が起きる可能性があるような予感がします。

 しかし、よく地震の起きる地域の天気が雨なら今回も回避できると思います!

 

 
9月22日(月)赤口・乙丑・五黄・定・危・柳・月が最北・下弦・カシオペヤ座RZが極小
9月23日(火)先勝・丙寅・四緑・執・室・星・秋分(太陽視黄経180°)豊中萩の寺道了大権現道了祭・三隣亡


 やはり私は昨日か一昨日(21日22日)、危機的な事に遭遇する星位だった気がする。
 18日の辛酉の日に、富石弘輝君が母親の薫氏に殺害された事件を見ても思う。
 私と似た名前(豊輝≪ヒロキ≫と弘輝≪コウキ≫弘輝はヒロキの方が一般ゆえ。さらに母親の名は薫と……)名前が似ている者に危機が来たとも取れる。
 つまり、星と名前。
 両方の厄が来たのだ!
 さらに彼岸でもあるし、あの世にさらわれる時期という解釈もできるだろう。
 この辛酉の辛酉の日前後、いや私の場合は21日の日に、事故で血を流す命運だった気がしてならない。
 18日の星位が最悪な上、実は(21日の)一週間前に、ある場所で事故を見かけた。
 昨年事故した際も事故を目撃した一週間前にその付近で何故か事故をしたので。

 今年は、一週間後に、今回事故を見かけた場所に食事に行く予定だった(つまり一週間後、そこに行く宿命ということだろう)。
 それを上手く切り替え、それでも悪いことが起きたので、血を流す代わりに血の代わりの赤い飲料を某所に収めたし、日々の厄除け祈願など、縁起を担いでいるから、今回、厄を回避できたような気がする。


 太陽が天秤座に移動した本日、辛酉の気も薄れると私は解釈した。

 さらに太陽はこれで土星と離れたのだから!
 つまり、辛酉を更に悪くさせていた要因の土星を乙女座に残したまま太陽は天秤座へ移動した。
 秋分の日の今日。
 そう、季節、星位が厄の時期を越えたのだ。


 それに、不思議なことに、今朝、昨日まで何ともなかった首が打撲したように痛く、何故かと呻いていて、やはり気付いた。

 やはり私は昨日か一昨日に、事故をして、血を流し、首を打撲していたのではないか?

 しかし、その難を現実では逃れたが、あの世の台帳では、全て書き換えられないのだろう。

 だから、私に事故とは違う角度から、打撲のような痛みを与えたのかもしれない!?

 事故という現象は回避し消せたが、事故という現象はなくとも事故と同様、痛みだけはもたらされる?(痛みの度合いは加減していただいているとは思うが。あの世で管理されている方々が……)

 しかし、乗り物や他のことで財布を打撃しない分、運がよいと思おう!
 それに捻挫をしているわけでもないし、痛みもその内、消えるだろう。

 自身の運命回避能力と祈祷で自身の事故運を回避した。
 それは占術家として、一つの勝利だと思い、新しい季節の扉を開けて、今一歩踏み出そう。

 事実、昨日までピタリと止んでいたことが今日突然、動き出したのだから。


 私の(今年の)最悪時期は終わったということだろう。(年内にもう一度危機があるけれど、おそらく今回ほどの停滞期ではないはず)

 本日「吉備津彦神社」に秋分参りに行き、強く祈り続けた。
 
 今日得た次の節入りまでの暗示は、輝かしいものではなかったけれど、私は前に進んでいけると思う。

 危険な物にはなるべく近付かず、縁起の悪い物から離れているのだから。
 磁石のように引き合う物も離し、私は磁場を呪術で変化させているのかもしれない?

 その恩恵が、今回の事故運回避。
 
 あの世の書には、そんなことを書いている項目。
 があるような気がする。

 だから、禁書の灰が埋もれた場所に一度立ってみたい。
 
 そこでその灰に耳を当てて、時代の哲学者の言の葉を揺さぶり起こす。

 灰よ舞え、そして、土中の記憶よ、この耳の鼓膜に発したまえ。

 そうして耳がもしも進化したならば、私の耳は、哲学者の耳となるだろう。

 中国、そしてギリシャの哲学者の耳が埋もれた記憶を拾っていく。
 
 この現代の音は騒がしく、鼓膜を強く傷つけてしまうかもしれない。

 禁書の燃える前に弾ける悲しき火のメロディ。

 すべては灰になってしまった。

 しかし、灰に眠る記憶を探る者が、新しき民が生まれようというのだ。
 それを知る大樹は木の葉を風に揺らし、祝ってくれているのだろう。

 灰になる前の頁に、復活の字を記すとともに、術をかけた者がいるならば、歴史の糸は、再び繋ぐことも可能かもしれない。

 iPhoneに繋がるヘッドフォンを外して、耳を澄ませよう。

 歴史の音を聴くために。

 

 
9月19日(金)先負・壬戌・八白・除・牛・参・(八専)間日
9月20日(土)仏滅・癸亥・七赤・満・女・井・彼岸入り・八専終り・月の距離が最近


 今月はあらゆる星位が俺を追い込み、このメンタルの要塞も一部が崩落しかけようとしている。
 夢の旗も、泥で汚れ、闇の中で爪を噛みながら、車線変更の際のクラクションで、
 らしくない……唇を噛む。

 雨が降り続き、星がまったく見えない。

 それで悪星位が清算されることを願い、今日も聖地で祈りを捧ぐ。

 満員電車から入れ替わり流れてくる人々の人生という名のメロディ。
 奏でる音は、今日もはかなく虚しい。

 俺も、この薄っぺらな切符一枚を買って、
 感情線の果てから、環状線へと乗り換える。

 一駅、二駅。
 
 次第に車窓の景色が涙で見えなくなる。

 青い雨。それがこの胸の中に降っているから。

 昨日、自身の危機を悟り、自身の血の代償として、人間の血と同じ赤い色の飲料を某所に捧げて、己の血が流れる星の時を、その血で代償させていただけないかと、許しを請うた。

 ここ数日は、何度も危機的な場面に遭遇しているだけに、おそらく厄を司る使者が、お訪ねになってきているのだろう。

 だけど私はここで挫かれはしないのさ。

 今、訪れた厄は、生まれる前から決まっていた厄なのだろう。

 しかし、人生は、行いや選択や思考で変えていける。

 そのおかげで私も、今、厄を撒く(霊界の)悪魔役の雇われ職人たちと、対峙しているのだ。

 直接受けるのではなく、それを回避する術を用いながら。

 私は、人生の軌道を、ニュー呪術の使い人としての軌道に移った瞬間。運命は変わったのだ。

 無論、生前に決められている大雑把な人生行路、厄の時らは、そのままだろう。

 しかし、この世の生き方で、その大小を動かすことに気付いたのだ。

 だから、星のサインだけでは、私は台風にさらわれはしない。

 あらゆることが足止めされ、思わぬ苦難に立たされてしまったが、おそらくは、この体に重大なことが来る時だったのだろう。

 そう考えれば、(体に大事は無く)その程度と思い、笑う方がいい。

 それも、自身の呪術力で最少に抑えたと考えれば。

 悪星が背後から私を挫かせようと、生前から決められていた危機のシナリオを具現化しようとしている。のだろう。

 が、私の人生は、新しく更新された。

 それは、誰かに宿っていた巨霊か何かが私の元にやってきたからなのか?
 それは確信できないが、理由はどうであれ、今年開運できたことは、あの世との新たな契約をここで交わせたと、私は思うのだ。

 今年は、子の年の一白水星の年だから。
 その年に、占星術師として私は新しい時代の占星術師として、世に出る命運を与えられた。

 そう思うから。

 それは昨年でも来年でも、運は弱い。

 天命としての条件として、子の年や一白水星というサインは、簡単には見逃せないから。

 私という人間の命運だけなら小っぽけなもの。

 しかし、何か使命を与えられた予感。
 それを得た時に、私も新たな人生を歩み始めた。

 しかし、半分は私も生まれた際に背負った命運、その人生シナリオを無視できはしない。

 だから、厄が来る時は危機に立たされる。

 しかし、それを回避する術を私は生み出していける。

 そんな気がする。

 いや、大嵐にも自身の技で立ち向かっていかねばならない。

 そう、他の人達の嵐除けの術もこれから考えていかねばならないのだ。

 いいことがあったから、今、星位が悪くても気にしなくていい。
 そういう風に大雑把に考えてはいけないということだろう。

 一つひとつの出来事に意味があり、それぞれの因果の根から結果の芽は出てくるものだから。

 おそらくこれから、私のやることは増えていくと思う。

 人の厄を受けて、悶え苦しむ時もあるかもしれない。

 それでも目の前の階段に足をかけて、一段一段上がっていかなばならない。

 今、世の中に、鬼が降臨しているのだ。

 それは政界にも、組織にも、鬼が、冥府の門の壊れた穴から降りてきているのだろう。

 そして、人の心を狂わせていく。


 その鬼と戦わなければならない。

 この手には吉備団子は無い。

 しかし、私は、恐怖の小鬼たちを見つけ、冥府へと戻るよう旗を振っていかなければならない。

 その旗に描かれた五芒星。

 鬼祓いの旗手として、鬼の憑依を封じていかねば。

 この手には、真剣も吉備団子も無い。

 では何を持って闘うか。

 私の手にあるのは、ニュー呪術。

 それを手に、鬼返しを今日も行う。

 

 
9月21日(木)友引・辛酉・九紫・建・斗・觜・京都豊国神社例祭

 
 「名探偵コナン」の20年後。

 コナンの息子が小学校に通い、少年探偵団の団長を務めている。
 しかし、ある日、父親と喧嘩をして家出をして、黒の組織にスカウトされて悪の道へ入る。
 宇宙旅行から帰ってきた欄が、それを知り、黒の組織の本部を、息子を訪ねて三千里する。

 その監督を宮崎駿のクローンのクリエイターが映画化。
 途中でハイジとブランコに乗りながら欄が、過去を回想。
 アメリカに再び、市立探偵として渡米せねばならないコナンも、息子のことを心配するが、仕事師のため、探偵は事件をあきらめないと、ロスの街にて肩で風切る。

 コナンと、ダースベイダーのような仮面を被ったコナンの息子が対決。

 どちらかがライヘンバッハの滝の上(崖)から落下!?

 いいところで、スクリーンの中央上部にヒビが入り、そこから切れ目が。
 桃の形をしたスクリーンは、二つに割れる。

 すると、そこから桃太郎の格好をした(岡山生まれの)コナンの作者二代目が現れ、

 「さて推理の時間です。
 落下したのはどっちだ!」

 と、どっちの料理ショー(古い)を彷彿とさせる掛け声をかける。

 賞金は、百万円と叫んで、観客の瞳は百万ボルト!

 そして、犯人を当てた人に賞金袋を渡すと、作者と、映画館は、霧のごとく消えてしまう。

 そこに残るのは椅子と、観客だけ。

 どうやら、その映画館は、幻。そう、ホログラフィーであったらしい。

 賞金袋の中身も、帝都銀行発行のお札であった。

 世界は謎に満ちている。
 名探偵コナンは、パパなんだ。
 楽しいな、楽しいな、映画はなんて楽しいな。

 観客たちも、楽しそうにその場を後にしたとな。

 未来こっぷり。


 題「未来青年コナン」完


 さて、ブログネタの回答は、この辺りにしまして。


 推理の時間です。
 

 昨日発売少年サンデー「名探偵コナン」
 今回のD暗号は「サバ・コイ・タイ・ヒラメ」
 さて、犯人は?
 私は、時計のフィッシュを消すという手掛かりでわかりました。
 魚にかけた暗号ということは、この中で名前に魚偏を足すと成立するのは青里周平。
 〜つまり、彼の名前から魚偏を消すと、鯖が青となるので〜
 彼が犯人でしょう。

 

 
9月17日(水)先勝・庚申・一白・閉・箕・華・一粒万倍日・不成就日・五相伝・カシオペヤ座RZが極小・こと座βが極小


 地震は、12〜15日が注意日だと指摘していましたが、それまで連続していた地震が15日で止んでいるようです。
 おそらくは季節的にも雨のせいでしょう。

 今年の九月は五年ぶりに訪れた辛酉の月で、世の中に激震が走り、国家単位で長の交替もありえる月ですが、一つ気になるのが、乙女座に太陽と共に土星が入宮していること。

 これは珍しい同居で、毎回、辛酉月になると、同星座(常に乙女座ですが)に太陽と土星が同居していれば、辛酉との関連も考えられますが、どうも違うのです。
 この星位は(辛酉月の九月で見ると)ここ一世紀無く、これは何かのサインではと直感。
 一世紀単位で辛酉月の危険な星位を他で探すと、辛酉月の乙女座に太陽と冥王星が同居している1968年が特に目立っているように思います。

 まさにそれは、1968年に世の中が荒れた事を物語っているような気がします。しかし、同時に、幸運の木星も同居しているため、その後の世界情勢が持ち直したとも取れる感。


 
しかし、今年は、土星と太陽の同居だけです。
 それだけに、今年の辛酉月は世紀単位で見ても危険な臭いの立ち込める月のような気が……。

 さて辛酉月+太陽と土星の同居する今月。その18日の辛酉の日は、やはり何か起きそうで、恐い気がしています。

 15日に米証券リーマン・ブラザーズが経営破綻したようですが、この日は満月で、私は地震の恐れを感じていましたが、雨でそれが抑制されたと解釈し。
 他で厄が噴出した?

 この日の星位は、水星、金星、火星が20〜23度の三重直列と、射手座の冥王星が、乙女座の太陽と魚座の月と天王星にTスクエアを描いたため、経済を司る2室に惑星が無いため、そこは符合しませんが、仕事(経済?)の星が行き詰ると解釈し、大きな会社が傾くと取れるかもしれません。

 辛酉かつ太陽と土星の同居の月の満月。しかもその日は戊午の日でありました!

 そう、戊午というと、6月に起きた地震のその月の干支です!

 あの日(14日)は、冥王星の星位が司るところが大きかったですが、戊午の月は、私は危険月だと今年の地震の際、分析に到れましたので、やはり日にあっても気になるところです。

 今年に限りですが。

 それは今年は子の年ですから、特に午の月には、天と地が反発しあう。
 そんな風に思うからです。

 ただこの9月15日の午の日は、地震という現象ではなくて、証券会社の予期せぬ破たんという結末となりましたが。
 しかし、この破たんが及ぼす影響が大きいだけに辛酉月の象徴的出来事だと記録できるような気がします。
 北朝鮮の金総書記の重病説もしかりですが。

 一方。米海軍横須賀基地を標的にしたと見られる飛行弾発射事件で、産経新聞東京本社あてに17日に革命軍を名乗る組織から犯行声明文が届くという報道もありましたが、今月の辛酉とは、革命の空気を起こすような特殊な月でありますし、今年は子の年の一白水星の年で、あらゆることが改まると解釈してみると、今年は、革命的な出来事が起きやすい年。
 そういう時代だと、一解釈できるかもしれません。

 ただ土台が(特に日本は)、ポップカルチャーが上位に位置する平和な国ですから、波乱の時代に起きるような革命運動とかは、急激には起こらず、半分は、ファッション的なところから入るモドキ的な角度から、起きて、出来上がった国家だけに、すぐその火も消されるような気もかなりしています。

 まずは、世の中の流れ、時代があり、星読みをしないといけないので、過去と似たようなことが起きて益々危険な世の中になるとは、私はとても思えないので。

 今の世の中は、宮台真司さんのよく言われる「終わりなき日常」という言葉が象徴しているので、急激に変わることはないとは思います。

 さて、星の方は現在過激で加熱中のようですが、人間の方もカッカッすると、強度が増すので、こういう時こそ冷静にと、思っている薫葉であります。

 さて本日は庚申の日でしたので、私は慎重に過ごし、何とか日を越えた途端、そう、何故か辛酉の日に移行した途端、PCの調子が悪くなったので、魔除けをしようと、庚申辛酉の日の魔除け(儀式)を行うことに。

 その直後、PCを再起動させると、先ほども一度再起動したものの不調が続いていたのですが、何故か、その厄除けを行った後の再起動で、PCの調子が戻ったので、やはり運を操作している機関なり、神様、そしてそのお使いというのはいるのかもと、思ってしまう薫葉豊輝でありました。

 

 
9月16日(火)赤口・己未・二黒・開・尾・昴・鎌倉鶴岡八幡宮流鏑馬・東京芝大神宮例大祭(だらだら祭)・カシオペヤ座RZが極小・こと座βが極小


 芸能プロA氏に誘われ某所で食事。

 何故かここ数週間、お互い電話をかける度に留守電だったので、今は、波長が合わぬ時で、タイミングの良い時に合う方がいいと直感。

 本来はこの初旬誕生日だったA氏を祝わねばならないものの、恐るべきほどの収入差ゆえ、やはりA氏がご馳走してくれ、ここ七〜八年を振り返りながらA氏の功績を聞きながらフレンチにフォーク入れ。

 A氏とは共通点が多い半面、正反対なところも多いせいか、私たちは同じ道を進まなかったのですが、何故か長い付き合いをしていて、でも私のやっていることには、協力することはない。
 しかし、食事や遊びなどに使うお金は豪快で、私のやっていることには協力してくれないけれど、理由付けのない私という友人と遊ぶのは楽しいようだ。

 そのために私の知人(たいがい活動仲間ゆえ)とも顔を合わせる機会も少なく、これが仕事なら悪循環でしょうね。

 特に彼はイベント会社でもある半面、占いが嫌いなため、この街で一番注目されている彼の会社で、私の占術イベントを企画してくれることも無いし、彼の出ている番組に呼んでくれるわけでもない。
(この間出た番組も、彼とはまったく無関係のところで私が自分で持ちかけて取ってきた仕事なので。でも何でもアタックして、とにかく仕事を取る精神は、A氏の背中を見ていて、学んだとは思う。正直)

 占いにまったく協力してくれないところだけを見ると、一見、それで友だちか?と思うところですが、今までに彼が奢ってくれた過去を振り返ると、私は感謝するしかありません。

 たまたま彼に仕事運があり、やることなすこと、お金に繋がり、人気も出て、上昇気流人生を走ってきたという運はあるでしょう。
 半面、私は仕事運が悪く、とにかく収入悪の人生行路を経てきたので。

 ただ今年は六月から何とか上昇気流に乗りましたが!

 しかし、(A氏が)この街に帰ってきてすぐケーブルTVで番組が始り、それが受けて、民法でも番組が始り、最初は数ヶ月で終わると思っていたのが(私も第一回の時点でそう思っていましたが)、何故か未だに続いて、彼が出る際の視聴率が常に良いので、番組でただ一人、レギュラーを続けているA氏。

 しかも来月から二人司会になり、やはり人気者のA氏は残る。

 TVでは一分ごと視聴率が出るそうですが、視聴率が取れる男であり、何かを提案してもそれがほぼ必ず売れるため、どこにいっても、福をもたらす笑い男と重宝されていることでしょう。

 毒があっても、トークが上手いので、そこまで嫌われない。

 この秋は、某家電ショップのCMも決まり、これからの学園祭シーズンは、学園祭プロデュースで大忙しとなるため、とにかく不景気でも仕事の神がしっかりと憑いているのでしょう。

 今年はラジオ番組も始まり、実は学園祭シーズンが忙しくなるためもう降りるそうですが。
 チボリ公園でも、年内にしょこたんを呼んで大きなイベントを行うそうですし、A氏はエンターティーメントの女神に微笑まれた人生。

 それが生まれる前から決まっていたような気が。
 東京へ行けば、TVで活躍中の某映画紹介者からも注目されていますし、不思議な人生を彼は生きてきたことでしょう。

 本人も、俺は運がいい。
 運のある人間と、口にしますし。

 やはり運が良い人は、自覚している様子。

 でもそれは運と頭の回転、臨機応変さ。
 それも伴っていることでしょう。

 さて、私も運が向上してきて、自分の本来の人生がようやく始ってきた感。

 それまでは、何か先祖の恨みかなにかで、自身の足元に楔が打たれていた。

 それが外れ、ようやく私にも運が向いてきた。
 そんな気がしている。

 A氏のように、生涯すべて運が良くて、常に幸せの光りに照らされているほどではないとしても、私はここから夜明けが訪れたような気がする。

 もしかすると、A氏の方が、やや夜を迎えつつあるのかもしれない?

 何故かいつになく、自分の今後のことを口にし、陽気な彼にしては、今後の方向性について迷いなのか?
 考えている素振りを受けたので。

 ゆえに私はA氏に映画が答えを知っていると伝えた。
 彼は映画を見続けて、驚かされたのが、十四ぐらいのガキが(お金があるからですが)月に数度、週末に東京まで行き、オールナイトをポップコーンを齧りながら観にいっていたこと。

 その映画キチガイが、今、映画紹介という仕事で花開いたのだから、これからも他のサブカルチャーに熱心になるよりも、映画を極めていくといい。

 占術家として、そんな意見を。

 彼が迷う姿は珍しく、私が彼を見ていて、迷うと、運気が下がるんだと過去の彼の姿から悟ったため。
 私は迷いすぎて、人生出遅れたクチゆえ。

 今はほぼ迷いがなく、切り替えも素早い。

 自分が向かないと思う場にせよ空間にせよ、席にせよ、ここにいるとよくないと察すると切り替えも早い。

 A氏も昔はそうだったけれど、今は、そこが鈍り始めてきたとすると、A氏の成功の秘訣の臨機応変さはやや翳りを見せ始めたのかもしれない。

 迷うと、混沌としたところに脳が向かい、そのまま苦悩に取り憑かれていく。

 私はそこから詩を大量に書き始め、結局、お金にもでできず、形にすることもそう叶わなかった。


 半面、A氏は同じ時期に詩を書いても、迷いと悩みの底には到らず平行して色々なことをやり、普段の口調はお笑い、シナリオは、ブラックユーモアやホラーやミステリー、その中のシナリオの台詞はシリアス、詩は西洋風。

  エンターティーメントとして、自身の表現を活字に舞台に映像に見出し、自身でも演じながら、コントも書いて演じる。

 ある時、A氏が東京で俺の活動の手伝いをしてくれと真剣に頼んでくれたことがあった。

 でも身動き取れない時期だったせいか、「俺はA氏のように身軽に動けないんだ」
 
 心が叫んだ。

 でもその時、一緒にやっていれば彼と帰郷後、同じようにコンビでTVにも出ていたでしょうし、彼の仕事を(今のように時々ではなく)正式に手伝っていたことでしょう。

 金銭苦が続いた人生を振り返り、それは私の選択の方が間違いだった。
 そんな予感がする。
 今の自分なら、未来の道筋を見通せるけれど、その時は、私は、未来を読めなかったのだと思う。


 世の中、お金によって人は苦しみ、金銭的なことで、優劣も起こり、私もそれで苦しみ続けた。

 ゆえに鑑定の際でも、スゴイ人物が身近にいる人で夢を追う人にはいつもこう言っている。

「あなたの身近の友人は、凄い。けれどその人と自分の違いを、見極めることが大切ですよ。あなたも同じように手や色々なことが器用だったり、能力があるか?同じような人付き合いや会話が出来るか?まず体に聞いてみた方がよいと思うんです。今、凄い人がいることであなたも自分が何か出来ると酔っているかもしれない?
 でも今こそ冷静になって、自分の適正を探してみることですよ。歌が下手なのに歌手を目指したり、線が綺麗に引けないのに絵を描く人を目指すより、自分が得意なことを自分の体がすらすら動くことを仕事にした方が未来は、その道がきっと続いていきますから。何度やってもなかなかそれを理解できない分野とか、体がいうことを効かないことを仕事に選ぶと、友人の力である程度までカバーしてもらえても、一人になったら、自分の芸なり腕なりが、こんなに下手なのかと、熱から醒めた時に、ハッとして気付きますから。

 ゆえに、何より、自分の体を見て、適正を見つけることが、より良い未来を切り開く第一歩だと思うんですよ」

 

 
9月14日(日)仏滅・丁巳・四緑・成・房・婁・中秋の名月・盛岡八幡宮神輿渡御・かんむり座Sが極大

9月15日(月)大安・戊午・三碧・収・心・胃・京都石清水八幡宮祭・大阪弥栄神社地車祭 ・(八専)間日・かに座Rが極大・月が天王星の北4゚01.9'を通る・満月・月が赤道通過、北半球へ・カシオペヤ座RZが極小


 「地域の夜カフェ」にて、席に着き、それぞれがそれぞれの近況報告と話したい話題を話して団欒。
 表町の路上に面したイベント・スペースにて、非営利なら無料で行えるためアーティストに何かやってもらおうと、声をかけていると。
 占術を行うなら営利ゆえ一日5千円。本日参加された方は担当者なのですが、彼女でも料金は変えられないというので、そこまで高額だと無理だと引き下がった私。

 でも、妙なことに、何故かここに来る前に付近にあるお寺に参拝してから来たせいか、そのお寺に関係のあるお祭の日に、もしうまくいけば私にも(低額で)登場させていただけるお話が。まだ未定ですが。
 しかし、やはり仏がかり神がかりというものはあるのかもしれませぬ。

 さて翌日「W会議」でも、開始前にそのお寺に参ってから会場に足を運んでいる私。
 「W会議」の日に参るのは、会議が上手くいきますようにという願掛けでありますが。

 トータル(一ヵ月)すると、神社九割、お寺一割というところでしょうか。

 さて、「W会議」で大砲は紫月氏の作品。
 穴が無い。辻褄合わせを徹底させて、論理性高き秀作では?

 新参者のK女氏は、相当な読書家なので、評者としては鋭いですね!
 ただ自作を書くのが始めてなせいか、誰もが書き始める際に手掛けやすい作品を考えた様子で、やはり相当な読者でも、自作を作る際は自作を、読者のように、面白いか面白くないか、それがわからなくなってしまうのでしょう。

 やはり創作は難しや!

 遙伸也さんのフォローはさすが優しい!

 でも詩の会とか句会とかで厳しい意見が飛び交っているように、やはり教えてあげようと、何故、どこが今一つなのか?
 それを論じることに。

 大変な時間、語っていて、本当にまったく変な人です、わたくしは。

 K女氏が行きたいというので、アフターは、市内のメイド・カフェへ。
 
 皆、ヤング系サブカルチャーが好きだということでせう。

 

 
9月13日(土)先負・丙辰・五黄・危・氏・奎・富山高瀬神社祭・千葉玉前神社祭・(八専)間日・水星と金星が最接近・小惑星8567が最接近・水星が火星の南3゚26.1'を通る・月が海王星の北0゚45.6'を通る(北米方面で海王星食)・天王星が衝


 本日、新潟で震度三規模の地震はありましたが、愛知県に大規模な地震は起こりませんでした。
 私も色々と提案しましたが、それをやってよかったと思っています!

 日曜日までは油断できないかと思いますが、ジュセリーノ氏の指摘していました重要日を越えたことは、何よりだったのではないでしょうか!?

 10日にイラン南部でM6.1。インドネシアモルッカ諸島でM6.6。
 11日に北海道十勝沖でM7.0と連続しましたが、その波が続かず13日は分断されたようですが、その主な原因は、辛酉月であることと、この8日に、木星が順行に戻ったことと、さらに9日に冥王星が順行に戻ったこと。

 そのエネルギーが原因のような気がします。
 順行、逆行は、実際に惑星が向きを変えるわけではないですが、地球から見てそのように錯覚されるだけとしても、順行に戻る日ははっきりとしているため、やはりそう見えるだけでも惑星がその位置に達したら、何らかの作用がこの地にも出るのかもしれません?

 惑星の部屋移動、そして逆行、順行の切り替え日は、注意日ではないかと、地震後に、新しい地震のサインを学習しました。(常に起きるとはいえないので、法則とまでは呼べませんが)

 それと水の災難が多かったのも(ハリケーンも恐いですが)、壬子を始め、天体の方も水星に幾つかサインが出ていてアスペクトも多い。

 しかし私は、木星と冥王星の順行はさほど重視していなかったので、そこは見落とし、むしろこの十二〜十五日が注意日だと、今月発売された某占い雑誌にて、指摘させていただきました。



 十五日。この日まで何事もないことを祈るばかりです!

 

 
9月12日(金)友引・乙卯・六白・破・亢・壁・福岡筥崎八幡宮放生会・一粒万倍日・金星が火星の北0゚20.2'を通る・金星と火星が最接近



「鎮魂の歌」


 地震よ地震よ、地震の気、地震の種よ、大地の底へとお戻りください。

 世界の底こそ、あなたの住処。

 私が大地へと刻む☆(五芒星)を合図に、その星の中央の瞳の図から、
 さぁ、お家へと、お帰りくださいませ!

 地の底へと!

 風神、雷神様も、お鎮りくださいませ!

 プレートを司る神。
 地に裁きのサインがあるのなら、難を免れることはできないのでしょうか。

 ならばプレート神に祈りを捧ぐ。

 その形から、そなたは龍ではないのか?
 古来、地にあっては地底に眠る龍王は、プレートの神でもあったのではないか?
 ならば、プレート神と同神である龍王様。
 この子守唄をお聞きください。

 眠りは媚薬。眠りは黄金。
 眠りは幸福の印。
 眠りは、美徳。
 地にあって眠ることで、龍の艶は色を増し、威徳はさらに高まることでしょう。

 眠りは、龍王の幸福にして衣服。
 今、大地へと隆起せず、そのままお眠りください。
 まだ夢の続きは千夜、万夜続いております。

 四季の笛も、密やかに、大地の上で歌います。
 が、その音よりも夢の中へ。

 夢の中で幸福の時は永遠となるはずです。

 この上なき幸福に満ちた千春の時へと。

 

 
9月10日(水)赤口・癸丑・八白・定・軫・危・(八専)間日・エリダヌス座Tが極大・月が木星の南2゚47.1'を通る・D/1896 R2ジャコビニ彗星が近日点を通過
9月11日(木)先勝・甲寅・七赤・執・角・室・三隣亡・カシオペヤ座RZが極小・水星が東方最大離角・水星が金星の南3゚34.4'を通る


 先週末。某雑誌に、ある提案をしました。
 それは、ジュセリーノ氏が9月13日に地震が起こることを予言していることに対して、地震除けのおまじないを記事にしていただくという提案でした。

 編集部の方からは「力作」と評価されたのですが、雑誌のの発売的に、13日前にこのおまじないを行ったとしても、雑誌の流通や読まれる方々が15日以降からが多いため、タイミング的に、残念ながら今回は、見合わされることとなりましたが、またそれを誌面にてお伝えする機会が来るでしょう。

 さて、その際に提案したニュー呪術と名付けたおまじない。
 それをこれから書いていきますので、特に地震に対して備え、祈願をしたい方は是非、実行してみてください!

 題「地震除けのニュー呪術」


 一 まず、梨を購入し、そこに「地震」という字を書きます。そしてそれを、家の四隅へ埋めて下さい。マンションの方は建物の四方に(それも難しい場合はせめて部屋の四隅に置く)。
 〜梨に地震で、地震は無いという願掛け

 二 家の門に「蘇民将来子孫家門 二〇〇八年九月十二日」と書いた紙を張ります。

 そして、厚紙などでで四角い箱を作り、その入口に当たる場所に「○○家 二〇〇八年九月十三日〜九月十五日」と書いてください。箱は底は抜けていて構いません。

 そして、その箱の内側の天井に、自分の髪の毛を抜いて、息を三度吐いてから、その毛を天井へと張ります。(本当は、11日に行う方がよいのですが、このブログを書くのが遅れたため、12日からと書いていただくことになりました。12日も危険日なだけにやや遅いかもしれませんが……)

 そして、その箱の家を、本物の家の前に12日の間に置いてください。

 置く期間は、地震が13日頃起きると想定しまして、15日頃まで。

 そうすることで、12日頃からの厄が、その箱の家へと移り、つまり、自宅の身代わりにしてしまうことで、地震の際に、自宅は、11日から動かず、13日に来た地震が、その箱の家に来るという理論です。

 それと、愛知県の県庁様にご提案なのですが。
 愛知県庁にも、「二〇〇八年九月十二日」と書いた縦長の紙を入口付近に置くか垂れ幕にし、そして、愛知県の形に紙を作り、そこに「愛知県の分身。二〇〇八年九月十三日〜九月十五日」と書いて、その大きな紙を川に流して、そちらに地震の厄が行くように祈願されてはと思います。(実行されるされないはともかく)

 古来から、人形などに、自分の厄を移す儀式が行われ、身代わり人形などを作りますが、私はその応用にて、地震除けのアイデアを考えてみました。

 十三日はもう間近ですので、これを愛知県の方々が少しでも多く行われたら、地震もある程度、避けられるのでは?
 そんな気がしています。

 もちろん、地震が100%来るとは言えませんが、私も13日頃が、やや気になっていますので、ご提案させていただきました!


 さて、もし地震が来ない際は、15日(心配ならもう数日後)家の時間を戻すために「家の時間よ、動きたまえ」と唱えてから、身代わりの箱を壊してください。

 *雨が降りそうな場合、箱が雨などで壊れないよう、周囲に何か硬質な物を重ならないよう被せるなど工夫してください。

 先ほども十勝沖でM7.1の地震が起きたようですが、地震除けのおまじない。試す価値はあるような気がしています!

 以上、私の考えました「ニュー呪術」でした。


 今後、このニュー呪術が流行しそうな予感?

 

 
9月8日(月)仏滅・辛亥・一白・満・張・女・月の距離が最遠・木星が留・月が最南
9月9日(火)大安・壬子・九紫・平・翼・虚・新暦の重陽の節句・八専始め・不成就日・カシオペヤ座RZが極小


 昨日の案で訂正。
 干支の最初は、壬子。私はそう思い至りました。
 甲寅が一ならそのまま続けると、子の所(☆)で水水とならず離れるので法則性が怪しい気が。

 甲乙丙丁戊己庚辛壬癸 甲乙 丙丁戊己庚辛壬癸 甲乙
 寅卯辰巳午羊申酉戌亥 子丑 寅卯辰巳午羊申酉 戌亥
                 ☆

 甲乙丙丁戊己庚辛壬癸 甲乙 丙丁戊己庚辛壬癸 甲乙
 子丑寅卯辰巳午羊申酉 戌亥 子丑寅卯辰巳午羊 申酉
              ☆

 甲子からでも酉の位置で十干の最後(癸)となり、途切れてしまうので、やはり壬子年壬子月壬子日が開始地点ではないでしょうか?

 壬癸甲乙丙丁戊己庚辛壬癸 甲乙丙丁戊己庚辛壬癸 甲乙
 子丑寅卯辰巳午羊申酉戌亥 子丑寅卯辰巳午羊申酉 戌亥

 そうすると、干支とも五行が符合し、切れがよいでしょう。

 さて、それと、昨日「丁亥生まれの人は、実は、甲寅をベースとした上に乗る二次星が丁亥なので、運気はそこまで悪くないと解釈できるかもしれません!?」
 そう書きましたが、鏡リュウジさんの某書をめくっていると「主役は惑星。星座はあくまでも背景」という言葉に目が留まり、確かに、では私が昨日記載した理論は、十二支、三百六十区分内にて不動している干支(星座)を主、日々変わる干支(惑星)の方を背景としていたので、私の理論の方が逆だと、気付きました。

 そう、純粋に丁亥生まれは、惑星移動から導き出されたもののはずですから、これこそが主役で、固定星座にあたる元々360度個々に意味のある(東洋に解釈した際、昨日記載したように、私の考えた仮説である)その一度(一日ごと固定されている)ベースとなる甲寅というのは、やはり背景にあたりますので、やはり丁亥の意こそが濃厚で、元の位置に固定されていると私の考える「甲寅」の影響を受ける。
 そう解釈すべきではと思い到りました。よって、軌道修正させていただきます。


 さて、本日私が(ちょっとオーバーですが)現代の予言者としてジョセリーノ氏の次のページで見開きカラーページにて掲載されることとなりました占い雑誌
が全国発売されましたが(予言特集でして、最初は予言者を三、四名ほど取り上げると編集長から聞いておりましたが、何故かジョセリーノ氏と私だけがカラーで大きく掲載されているだけで、他の方がいないため、私は雑誌を手に、驚いてしまいました……扱いがかなりオーバーでしたので。本名掲載なので薫葉名義ではありませんが)

 しかし、それよりも、この九月十三日。

 ジョセリーノ氏が指摘されておる予言の通り、愛知県か中国に大きな地震が起きた場合。
 それを想定しまして、地震に関連する記事を書いてみたいと思います。

 そこで、テキストに取り上げるのがノストラダムスの大予言です。

 その中の項目で、やや季節外れではありますが、五月の予言の項目を取り上げたいと思います。

(実は、今、書き終えた後、ここの文だけを付記しているのですが、今回の地震の日である13日が何故、今月の中でも注意点なのか、その理論を発見しましたので!小発見ではありますが)


 ノストラダムス。
 氏が、「諸世紀」の中にて五月の地震を予言している項目が、
 諸世紀6−88。諸世紀9-83。諸世紀10-67
 と、三項目あるのですが、私の見解では、諸世紀9-83の予言は、一度だけを示さず、何度かの周期を示しているのではないかと思い至りました!

 諸世紀9-83 「太陽がおうし座の20番目にある時(おそらく5/20頃)大地は激しく揺れ、満員の大劇場は破壊し 、大気、天地は暗く濁り、不信仰者は神を呼び聖人を呼ぶだろう 」

 (もし周期的に何度か起こることを予告している予言であるならば)その一つに今年の五月に起きた地震も入るのではないかと?
 〜この予言は周期性予言かもしれません!? その星が来た時に多いという〜

 ただ、諸世紀3-3のように、アジアで起きる時は、アジアと記していますので、今回(今年の5月の地震)はやはり何周期かで、太陽が牡牛座の20番目に来る時(5/10頃)は危険と示しているという匂いがしています。

 つまり毎年の五月ではなく、何年かはわからぬものの、周期ごとに現れる?

 次に
 10-67の「五月に非常に強い地震。土星、磨羯宮、木星、水星は、金牛宮に、金星も同じく、巨蟹宮、火星、ノネーでは、その時に卵より大きな雹が降るだろう」
 この解釈が難しいのです。

 西洋古典学者のブランダムール氏の解釈では、「土星が磨羯宮に入り、木星、水星、金星が金牛宮に入り、火星が巨蟹宮に入る星位を表していて、1549年5月4日のモンテリマールの大地震が、この詩のモデルと推測」(同年6月15日に同地方で雹が降ったと記録もあり)

 とするも、私は、木星、水星が金牛宮(牡牛座)で、金星も同じくとは、牡牛か巨蟹宮(蟹座か不明)の辺にいる星位の時は、なかなか磨羯宮に土星がいないので(特に2000年以降の問題年に)、この星位には、罠が仕掛けられているのではと疑問?

 まさか、ノストラダムスが、Caper(山羊宮)と、お羊を間違えたとも思えないので?
 Saturne, Caper, Jupiter, Mercure au boeuf. Venus aussi Cancer, Mars, en Nonnay,
土星、磨羯宮、木星、水星は金牛宮に、 金星も同じく、巨蟹宮、火星、ノネー

 土星と磨羯宮は、磨羯宮への土星入りではなく、何か土星と磨羯宮に何か変化のある時期か、変わった星位を示していると(新)解釈。

 ただ、もしもノストラダムスが、Caper(山羊宮)を、牡羊座と間違えたなら、この10-67の予言が示す年を絞る事ができるのです。

 〜ラテン語の山羊 (caper)ながら、羊とも解釈できる???〜

 それと金星も同じくは、.だし、金牛宮ではなく、巨蟹宮にある時では?
 そこで、木星、水星が金牛宮で、金星が巨蟹宮の五月は。

 割り出すと、
 1940年5月15日!(土星、木星、水星は雄牛座。金星と火星は蟹座)

 そしてこの年の干支は、庚辰なのです!

 検索しても、米インペリアルバレー地震や積丹半島沖地震ぐらいしかありませんが、この年の春夏は大変な時期で、英国がアイスランドへ侵攻。
 ドイツにオランダとベルギーが降伏。
 同時にドイツはフランスへ侵入し、パリを6月に爆撃。

 地震があってもニュース化されていない(大砲や空襲で、地震があっても騒ぎにならなかったのか?)可能性が高い!
 激動の時代だけに、地震程度はさほど大きく記録されなかった?(又ウェブ上では入手できない?)と推測。

 となると、
 諸世紀10-67の「王は孤独にとりのこされ ヘブル川近くで一緒に集まって ピレネー山は彼をやさしくつつむ 五月に地震があるときに」

 これは、1940年のドイツが侵攻した(ノストラダムスにも縁ある)フランス。
 その大統領を読んだ詩ではないかと、そんな予感が?
 その際、西洋で(戦争だけではなく)地震もあった気がしてなりません?

 さて、木星、水星が金牛宮にあり、金星(と火星)が蟹座の星位というのは、1940年の「庚辰」年のみでして、次の年は、私の計算では不可能(2048年までしか)。

 つまり金星が蟹座付近、双子座という星位なら幾つかあるのです!
 無論、木星、水星が金牛宮という星位にて。

 それを調べると、何と、それらは全て辰の年であったのです!

 これは、地震を紐解く際の重要な鍵になりそうです!


 ここから、おそらくは、ノストラダムスの諸世紀10-67にて説く「五月の地震」は、全て辰の年を見ろと解釈。
 つまり今年の五月の地震は、諸世紀10-67の予言ではなく、周期性の予知の諸世紀9-83の方のメッセージでは?

 あぁ、辰の年の五月が危険年とわかっただけでも収穫。
 しかも五月といえばですね、初旬はまだ辰の月なのですよ!!!

 そこで、近年の辰の年の五月を調べますと。


 まず1940年5月。
 2000年5月(不思議なのが、1999年の5月のみ、木星が牡牛座に。しかし後の星位は、辰の年の方が諸世紀10-67の星位に近いのでこの年の5月は除去)。
 そして、2060年。

 上記は全て(干支の王様とも呼ばれる)庚辰の年です。

 さて、1940年の5月(15日前後)。
 この年月が最も諸世紀10-67の星位に近いようです。

 しかし、最初に戻り、土星は雄牛座にあるので、予言の中で触れている「山羊座」ではありません。

 が、土星が山羊座に来て木星、水星が雄牛座な年が、やはり辰の1988年(戊辰)にあるのです!

 しかし、その年は、金星が蟹座ではなく、双子座……。

 どちらにせよ一点ずれます。

 次の戊辰の年である(同じく5月半ば)2048年は、木星、水星は雄牛座で同位。
 が木星のみ双子座と星位を変える。

 しかし、やはり「庚辰」が危険な年だと思えてなりません。

 さて、マヤ暦の終わる2012年。
 この年の五月は、やはり辰の年で、壬辰の年なのです!

 木星、水星は雄牛座にありますし、と、ここまでは諸世紀10-67の星位に近い。

 が、金星は蟹座ではなく双子座に位置(しかし隣なので危険な気配)。

 そして、土星は天秤座と、1940年ほど、諸世紀10-67の星位には近くはありません。

 しかし、やはり辰が来てこそ、木星、水星は雄牛座に位置するようですから、その5月初旬(の辰の月か)半ばに、大きな地震が来るのではないかと、私は思い至りました!

 さらに、2036年の辰の年(丙辰)の5月の星位は、木星、水星は雄牛座。
 金星は双子座。
 土星は獅子座と、諸世紀10-67の星位に対し、木星、水星はクリア。
 金星は、双子座ですが蟹座と近いので、やはり注意が必要かと思われます!

 それ以前に地盤の方は今よりも劣化しているでしょうから、今後、世界的に

「地震多発地域にお住まいの方は、五月頃になると移動して、一時的にもそれを受け入れる国というか、そういう国際法とかを制定していただけないかと、地球規模の視点からみますと、検討が必要となる時代に突入しているような気がしています。

 モーゼが、移動したように、現代人も現代人のスタイルにて移動すると言いますか。

 しかし、冒頭の「土星が山羊座」と、木星が牡牛座にある時は、常に5月です!
 木星、水星は雄牛座の時。(金星は蟹座)

 それらと符合させると、

 1940年庚辰5月15日 (木星、水星は雄牛座○。土星も雄牛座(山羊がお羊であった場合、牡牛は羊の隣なので)△金星と火星は蟹座○)

 1976年丙辰5月15日 (木星、水星は雄牛座○金星は雄牛座×土星は蟹座×)

 1988年戊辰5月3日 (木星、水星は雄牛座○金星は双子座(蟹座の隣なので)△土星は山羊座○)

 2000年庚辰5月15日 (1940年と同じ庚辰ゆえ相似=木星、水星は雄牛座○土星も雄牛座(山羊がお羊であった場合、牡牛は羊の隣なので)△金星と火星は蟹座○金星は牡羊座×)

 2012年壬辰5月15日 (木星、水星は雄牛座○金星は双子座(蟹座の隣なので)△土星は天秤座×)

 2024年甲辰5月15日 (木星は雄牛座○金星は雄牛座×水星は山羊座×土星は牡羊座○)

 2036年丙辰5月15日 (木星、水星は雄牛座○金星は双子座(蟹座の隣なので)△土星は獅子座×)

 2048年戊辰5月10日 (木星と水星は双子座(隣なので)△金星は牡牛座×土星は山羊座○)


 この中で○(即ちノストラダムスの指摘との符合)が多いのは

 1940年庚辰5月。
 1988年戊辰5月。
 2000年庚辰5月

 やはり、1940年の庚辰、2000年の庚辰と、この二年は、ノストラダムスが注目した年だったのかもしれません!?
(2000年は1999年の翌年でもありますし)

 が、1988年の戊辰の年もとても危険な匂いがします。
 同じ戊辰の年である2048年は、1988年ほどではないですが、地盤の面を考えるとかなり危険な気も。

 一番近い2012年。そう壬辰の5月(初旬は辰の月でその後巳の月)は、木星、水星は、雄牛座○ 金星は双子座(蟹座の隣なので)△ 土星は天秤座× なので、やはり危険な兆しがあるように思えます!

 2024年の甲辰の年は、木星は雄牛座○ 金星は雄牛座× 水星は山羊座× ですが、土星が、山羊座○ですから、この土星が山羊座に来るのは、1988年戊辰と、2048年戊辰の二度だけ。
 (次は2100年と遠いのです)

 ノストラダムスが、土星は山羊座と絞っている=戊辰の年の五月(巳の月)に限定されるのではないかと、私は思い至りました!

 となると、戊辰の年の五月(初旬は辰でその後巳の月)は、地震が多いと解釈できることかと思われます!

 ただし、○の多い1940年、2000年、2060年の庚辰の年の5月。

 この星位の方が、土星が山羊座がいないという点だけを除きますと、諸世紀10-67の星位と全て符合するので、もし、山羊座(caper)を、同じ羊のつく「お羊」だと解釈しろというトンチか、そこに秘められているのであれば?、2060年の5月を示した予言かもしれません?


 私は、現時点では2060年までは出せないのですが、2060年の庚辰が、1940年と似ていれば、非常に気になる年ですね……。

 1940年の庚辰の年は、金星と火星が蟹座にいるものの、2000年の庚辰の年は、金星は牡羊座にいるため、もし次の2060年の庚辰の5月に、金星が蟹座に位置すれば、1940年と相似?

 すると読み。調べられず。土星の位置も気になるところ。もし金星が蟹座で、山羊座付近にあれば諸世紀10-67の指摘と符合するかもしれません!?

 しかし、火星、ノネーの並びの不可解さなど、迫れない点も多い諸世紀10-67。

 しかし、この予言が、辰の年の五月を示している事を解釈できたところは、大きな前進のはず!

 辰の年の中でも、戊辰、庚辰
 2012年壬辰も入れておきまして、2024年の甲辰、2036年丙辰も入れまして、総じて、その年は注意と指摘したかったのかもしれません!?


 さて、辰(特に庚辰が危険ですが)、これが地震と最大に結びついている十二支ではと、私は仮説を述べさせていただきました。

 となると、4、5月初旬までは辰の月で、さらに辰の日は地震が多いかもしれません。

 そして身近なところで辰年辰月辰日が、2012年の4月、5月に来ます!(金星の動き的には6月も重要)

 そこで今回、本日発売の月刊の占い雑誌にて、2012年の4,5月頃は注意と指摘させていただきました。雑誌の中には他にも色々なことを書かせていただきましたが。


 となると、この9月のジョセリーノ氏の予言の9月13日。

 その日は、何と辰の日なのです!

 私は12〜15日ラインが危険かと思いますが。

 もしかすると、この13日の辰の日。
 地震があるかもしれません。

 しかし、天候や世の中の状態などどこか先月と比べて落ち着いていますし(大雨の直後なら気になりますが)、もし起きてもそこまでの規模の地震にならないような予感がしています。

 しかし、辰の年の辰の月をはじめ、辰の年の辰の日は、やや注意がいるのではないかと、今回の考察で思い至りました!

 

 
9月7日(日)先負・庚戌・二黒・除・星・斗・白露(太陽視黄経165°)五相伝・水星と火星が最接近・上弦



 昨夜の深夜、卓上カレンダーをめくると、ふとその背後にサビアン占星術が目に入り、奥から取り出した私。
 もしや辛酉の第一日に私はこの本と接触する事が決められていた?

 一日前のサインに「祖先から受け継いだ家宝」とあるだけに。

 さて、この9月9日は乙女座の17度で「火山の爆発」

 気になりますが、このサビアンと中国の七十二候は符合するようですね。
 しかし、七十二候は季節の説明に留まる半面、サビアンは詩的で予言書的な匂いが濃厚です。
 さて、そこで私はサビアンの360のサインの理論の原理は何か?
 それを考えてみることにしました。
 しかし、いきなり挫折。

 東洋と西洋の星の動きを統一させるのはそう容易くはない?

 甲子から始る論理と星座の統一は。
 そして、星座の側からも何故一日一度ずつ360パターンを表現できたのか?
 おそらくわからないと思うのです。

 60干支をいじっても、五人の仲間と七十二の種族パターンに迫るのは難しい。

 しかしもしやと思う仮説に到りました!(それはまだ誰も指摘していないでしょう)

 まず、サビアンは不動の配置なので、これを月の干支と呼応させてみます。
 そこで十二支は子から始るので子の月である12月が中心になるので、十二月を甲子の月と仮定してみます。
 そうすると、重要な旧正月の2月(4日)は丙寅の月になる。
 そこで、サビアンとこれを呼応してみた。

 つまり、甲子の月の始めの日を甲子に設定してみるのですね。

 それは甲子月が始る12月7日(時々8日なりずれるが基本を7日に設定)。
 そう、甲子の年の甲子の月の七日の大雪の日を甲子の日にして、その日から5日(5度)ずつの意味をそこに示したのでは?

 そこで12月7日のサビアンシンボルを見ると「2月2日のグランドホックデイ(聖燭節)に、自分の影を見ているグランドホック」

 まさに二月初旬(新年)に触れるサインがそこに!
 つまり、12月7日と2月2〜4日頃は深く関わっていると観れるでしょう。

 と、それが甲子月の甲子の日と考えてみると、二月は丙寅月。4日を丙寅としてみると、

 前日の2月3日のサインは(水瓶座15度)「2羽のラブバードがフェンスにとまり、幸せそうに歌う」
 フェンスで仕切られた2つの世界とはこの世と、また彼岸の世界をあらわすこともあるか?二つにまたがった位置に、2羽の鳥がとまっている。新しい世界がこの度数で開かれ、大きな幸福感を感じることができる。

 そんな説明が松村潔(御手洗潔と似てるので何か再会したような気が)氏の書(サビアン占星術)では説明されている。

 翌日が(5度ずつの組の16度グループ第一日目に変わり)「机にむかう偉大なビジネスマン
 これは立春に相応しいと思う。

 しかし、一度ずつを説明することは不可能。
 そこで私が上記した理論を用いると説明が可能になるのではないでしょうか?

 でももしかすると最初のスタートにあたる12月は甲子ではなく壬子で1月が癸亥、2月は木+木で甲寅かもしれない?


 つまり干支のスタートは、やはり木同士を重ねた甲寅(2月)なのではないだろうか?

 甲寅の年の、甲寅の月の甲寅の日2月4日(時々4日は変化)の意味が、サビアンの2月4日にあたる「水瓶座16度」の「机にむかう偉大なビジネスマン」の原理なのではないでしょうか!?

 甲子より甲寅の方が、偉大な仕事師のイメジですし。

 水瓶座は16度から新たな組となり、20度まで「組織・ 壮大な世界地図のなかに生きるマクロな視野のなかで生きる。しかしまた超国家的な世界観のなかでは、個人の権利は常に危機に脅かされる。全体と個のせめぎあいに生きる」という意味が与えられているようです。


 サビアンの説明によると「机にむかう偉大なビジネスマン」は、水瓶座も、16度以後は急激にビッグな視点で生きるようになる。
 人の意識を狭い空間に縛りつけるもととなった異性への執着に満ちた感情が15度で超えられたあとは、人間の生活意識は、よりマクロな方向へと発展していく自由を獲得する。
 ものごとを人類全体の進化という観点で考えてみたり、常に視野は大きなほうへとむかう。国際問題や、地球環境全体の問題、あるいは宇宙問題など、いまの人類に必要な事業方向は無数にある。


 そんな風にある。

 ということは、そう、サビアン占星術は、基本の十二支(十二星)の要素が強く(十干は毎月変動する半面、十二支は毎月不動のため)、しかも私の理論によると、ただの十二支ではなく、壬子の年の壬子の月=十二月の壬子の日(12月7日)を基点とした、その意味ということなのではないでしょうか?(丙寅も、丙寅より甲寅がやはり自然では?)

 となると、年月日の変化で、意味も変化していく。
 しかし、十二支にあたる部分の骨子だけは変化しない。

 つまり、月が中心なので、壬子の月が基点と仮定した場合、(月だけなら)五年のサイクルで似た意味に戻ってくる。

 が、約5年間は全ての日の意味が多少異なってくるはず。
 それは、子だけでいうと、約4年は甲子、丙子、戊子、庚子と、子の上の干が違うから、意味が半分は一致しないはず。

 しかし、私はサビアンをどうやってはじき出すか。その理論において非常に面白い仮説に到れた気がしています。
 上記したように、2月4日の意味と、甲寅の意味が似ているということに気付け、そこを照準にすれば理論のメカニズムを解明できると、そこまで到れたからです!

 無論、これは有力な仮説に過ぎません。

 しかし、そうなると、2月4日の甲寅から干支を日にあてはめていくと、360の意味が出せることになります。(これは発見と言えるような気がしています)

 そして、ここが肝心なところですが、サビアンは壬子年壬子月壬子日か、甲寅年甲寅月甲寅日から基点され、意味を書かれているため、主に日なので実は、私の理論をあてはめると、大きくは60パターンで構成されているはず。

 しかし、60日後(例えば2月4日の水瓶座16度)の60日後も意味が同じではないのは(しかし、度数が同じだと相似しているのもサビアンの特徴なのですね!)、年と月の干支のうち、十二支は不動でも、十干が変動しているからでしょう。

 つまり、甲寅年の甲寅月甲寅日から約60日後は、丙辰月で、同じ甲寅の日が来ても、丙辰の月なので、その丙辰の意味と、甲寅の意味を合致させて割り出すから、60パターン以上あると私は推理。

 さて360で終わりますが、これも本来は甲寅の翌年の意味も入れて考えると、やはり大変なパターンが存在するのでは?

 ではどう出すか。やはり干支の意味をそこに呼応させればよいと思います。

 甲寅年の甲寅月の甲寅日(2/4)が水瓶座16度なら、翌年の乙卯年の丙寅月の2月4日も水瓶座16度なので、その意味と、乙卯、丙寅とその日の干支の意味とを呼応させればよいのではないかと。
(基本的に2月4日は甲寅の意味と仮定するも毎年変動するので、それを十二星座、十二支と同じく不動星とし、その上で動く星として年月日の干支とを重ねて意味を紐解く。あくまで2月4日の基本は甲寅としておき。つまりその軸が大きい意味を持つ)

 ということは、面白いことに東洋占星術においても革命的な解釈を与えられるのです。
 そう、例えばあなたが2月4日の丁亥という十方暮の日生まれだとする。

 しかし、実は甲寅をベースとした上に乗る二次星が丁亥なので、運気はそこまで悪くないと解釈できるかもしれません!?


 干支の意味がわからない場合は、甲寅が16度なら乙卯は水瓶座17度になりますから、そのサビアンシンボルを参照にして意味を弾き出してみるとよいでしょう。(無論、私の説に興味を示された占い師の方だけが計算すればよいことだとは思います。はい)

     〜まさに東洋と西洋の結合の瞬間!?〜

 ちなみに丙寅は、(おそらく)水瓶座28度。

 しかし本棚の棚に立てたままめくっていなかった縁起物カレンダーをめくると、その真裏にサビアンの書が目に留まり、それを手にしてみたのがこの辛酉第一日目の深夜で、その日のサビアンシンボルが「祖先から受け継いだ家宝」

 とは、これは神の与えたもうた書物であるのか?
 そして、この新説も神から授けられた智恵であるのだろうか?



 そういえば明日か明後日、私が現代の予言者の一人として紹介される占いの全国誌(月刊誌)が発売されることとなりました。
 それも何かのサイン?
 そして、それも本日定められていたことなのか?

 もしかしたら、この新説は、サビアンの謎に迫るための重要ソースになるかもしれない?

 そして、サビアンのサインは、基本で、それと年月の十干の意味も呼応して考える方が深いところへと迫れる!?

 それは私にとって辛酉第一日目の革命?

 さて冒頭に戻り、9月9日のサインは、乙女座の17度で「火山の爆発」
 9月9日は、戊子年の辛酉月壬子日なので、月だけと呼応させるとまさに起こると予想できると思うのですが、日が壬子なので、火山よりもむしろ(雨も多いですし)水害の方に流れるか、水害を伴うと解釈すべきか?

 しかし、壬子なので、火山の方は大丈夫な気はします。(無論、わかりませんが)


 


 
9月1日(月)先負・甲辰・八白・成・華・亢・茨城鹿島神宮祭・不成就日・月が赤道通過、南半球へ
9月2日(火)仏滅・乙巳・七赤・収・觜・氏・宝くじの日・月が金星の南5゚16.8'を通る・月が水星の南2゚53.1'を通る・月が火星の南5゚02.8'を通る
9月3日(水)大安・丙午・六白・開・参・房・カシオペヤ座RZが極小
9月4日(木)赤口・丁未・五黄・閉・井・心・福井気比神宮例大祭・こと座βが極小
9月5日(金)先勝・戊申・四緑・建・鬼・尾・天赦日・カシオペヤ座RZが極小・小惑星85640が最接近・土星が合
9月6日(土)友引・己酉・三碧・除・柳・箕・61P/シャイン・シャルダハ彗星が近日点を通過



 「青空カフェ」修羅場がありましたが、無事終えました。(野外はやっぱりドラマチックです。ただ今日のような野外ですと、心臓の悪い方にはオススメできませんが)

 さて、明日の辛酉の日に天災厄除け祈願を行います。
 そして、その際にメインに唱えるのが「鎮宅霊符神呪経」
 「鎮宅霊符神呪経」といえば「鎮宅七十二霊符」

 この「七十二霊符」は、大凶の相を持つ方が、神の化身に授けられたという伝説がある霊符のことですが、私はこの「七十二」という数字を見ていて、あることを閃きました。

 それは、以前、私自身が紐解いた、720年周期説と関連している予感がしています。
 「三国志正史」の中にある「新しい王朝の興る時期は720年をもって1区切りとす」という一説。
 何故、60年でも120年でもなく、720年なのか?
 私の出した解答は、十二支には、その親分が十二人いて、さらに干支は60あるゆえ、その60は、さらに十二支の支配下にあるという論。
 さらに、気学において、一周は9年ながら、例えば「甲子の一白水星」の年は180年に一度しか巡りません。

 そこから、私は三組に区分け(部屋分け)する理論を導き出しました。
 つまり、十二支の親分の子は、例えば、子(ね)の親分の子に甲子から始まる60の干支が存在するという理論。
 そして、気学の理論をも足して「一白水星の甲子」年は、180年に一度。

 そこから、「三国志正史」にある「新しい王朝の興る時期は720年をもって1区切りとす」の論理に仮説を導き出しました。(もう二年ほど前です)

 そうすると、十二支の親分の下に60ずつ、十二組の干支が存在することを推測。
 下記がその図です。

部屋名       (区間180年)  (区間180年) (区間180年)
 子 丑 寅     卯 辰 巳   午 羊 申   酉 戌 亥
 60−60−60    60−60−60  60−60−60  60−60−60 =360+360=720


     ・     ・
    (寅)癸亥 (卯)甲子
     ↑     一白水星

   20回目の九紫火星
 つまり、親分「子」の部下に「甲子の一白水星」から始まる干支+九星があり、それは180年後の「寅」の親分の部屋で終了するものの、そのまま「亥」の親分まで行くとピタリと720年に一致します。
 ゆえに私の出した解答は、この理論の解答(王朝周期720年説)に近い気がしています。

 そこで、今回、「七十二霊符」の「七十二」という数字に目が留まりました。

 この七十二は、この七百二十年を凝縮した数字ではないかと?
 その七百二十の周期を縮小して、縁起数として、七十二にまとめた?
 ならば、霊符(御札)は七百二十種類存在するのでは?

 ただ干支を基本とするならば、七十二は中途半端。
 六十で終わるはずだからです。
 甲子から数えて七十二番目は乙亥。
 確かに亥は終わりの干支だけれど、どうも半端です。
 ですが、七十二という数には、神のシナリオが隠されている予感を拭えません。

 720年を5周すると3600=360日。一単位。

 1甲子一白〜1癸亥九紫(720年) 
 2甲子一白 
 3甲子一白 
 4甲子一白 
 5甲子一白 

 そこで乙亥は、西暦では何年を指しているのか調べる事にしました。
 すると15年から60を足した全て末尾が5の年になっていました。

 特に目に留まったのが555年。1515年(あと1995年。2055年)
 ノストラダムスの予言集(百詩篇一巻)の発売された1555年(乙卯=同じく末尾に5が付く年)とは一致はせぬものの、数字の5と妙に縁深いということは、大変興味深いですね。

 その論理までには迫れませんが、七十二霊符と七百二十年周期との間には因果があるような気がします。
 ここで七十二の考察をもう一歩進められないか考えるとある占術に目が留まりました。

 それは七十二星座占い。
 約5000年前のシュメール文明にルーツのあるという「72星座占い」

 360のタイプがいて、5タイプずつで一つのグループを作る。
 つまり、5人の似たもの同士が集まり、ひとつの種族をつくり、この種族が72集まってひとつの世界を形作っている説。

 72星座占いはサビアン占星術と根が同じだと言われていますが、5と72の理論に迫るのは難しく(五行としては五行グループを12と結合させても60の理論で打ち止めで72と符合させても12余るのでその余りの説明をするのが難しいため)、72番目の干支である乙亥との関係もありそうながら別理論っぽい気も。

 しかし、おそらくは過去、(サビアンを出す際西洋では)五行は10干ではなく、5だけで(つまり陰陽セットで五行と5種のみで)その5と十二支(の中のおそらくは陽の支である六支だけ)を合わせて30パターンとし、その30パターンで一ヵ月。
 それを12ヶ月、つまり12組にして、360度とした?のでしょう??(後でそれでは東洋の解釈のみですが、東洋的には陰陽ずれると気付くまでは)

 72の区切りは何故60ではないのか困惑中ですが、12が余ったのは何故?
 土用か?違う。土用だと18日あるから。しかも四季分。
 星は12と10なのに何故、30、60と区切らず、72?

 やはり5日(5度)はワンセット=干の甲から丙までが似た者同士ってこと?
 待てよ。
 こう考えたらどうだろう?
 十三星座と、九の星だったら?
 東洋的にも干支が十三あり、干は十ではなく当時は九あると考えられていた?
 あるいは、気学か?

 九星なんだから?
 干も九で、支の方は十三と考えられていたら(東洋では過去から十干と十二支だと思うのですがそう考えると)、数字が合うかも?

 九の星が、十三、いや十四として半分の星(の七星)と重ねて、36パターン存在し、それが二周すれば72。(あるいは十四星座)

 そういう計算だったのかも?
 ならば初めから除外された星は冥王星だろうか?
 それで七十二?

 そういう理論で72星座の理論が形成されていた?
 ただそれならば現在の理論の方が詳細でしょう。
 東洋も西洋も。

 十二星座と十惑星。十二支と十干。